第十八話:寄り道



「孤児院?」

「そーだよ……悪いかよ」


 慈の質問(威圧)に応じる選択をした少年ナッフェは、自分が身を寄せている孤児院の事を話すと、ふてくされたようにそっぽを向く。


「別に孤児なのは悪くないけど、泥棒は良くないな」

「ぐ……」


 そんな少年を正論でつついた慈は、アンリウネ達に孤児院の事を訊ねてみる。


「私もあまり詳しくはありませんが、主に戦争孤児を預かっているようです」

「偶に口減らしに捨てられる子供達も引き取っていると聞きますね」


 アンリウネとシャロルの話によれば、オーヴィスには国策で聖都も含めて神殿が経営する孤児院があり、そこで育てられた子供達は将来、神殿や国に仕える人材になるよう教育されるらしい。


「実質国営なのか……それにしては――」


 慈は少年の姿を見て唸る。国が運営に関わっている孤児院の子供にしては、身なりがあまりにも酷い。

 先程まで事情を聞いた限り、少年が馬車のランプを盗もうとしたのは、孤児院で使う事を目的にしていたようだ。


「売って小銭を稼ごうって感じでもないし」

「んなことしねーよ、買い取ってくれる場所もねーし」


 ナッフェは、夜中に蝋燭一本の暗い明かりの下で書類にペンを走らせているシスターを見て、少しでも助けになりたいと思っていた。

 高級そうな馬車ならランプの一つや二つ無くなっても平気だろうと、失敬しようとしたのだそうな。


「恩人に報いたいって動機はともかく、その為の手段が窃盗じゃ駄目だろ」


 恩を仇で返す行為だという慈の指摘に、反論出来ないナッフェは黙って目を逸らす。それに肩を竦めて見せた慈は、孤児院の事を話題にした。


「にしても、この国の孤児院ってそこまで運営が厳しいのか?」

「それは変ですね……国から運営費として補助金が出ている筈ですが」


 アンリウネが慈の疑問にそう答えながら、ちらりとシャロルに視線を向ける。それに頷いて応えたシャロルは少し逡巡しつつ、孤児院に正当な運営費が届いていない可能性に言及した。


「補助金の受け取りと配分は、その街の神殿が受け持ちます」

「それって、神殿に汚職があるかもしれないって事か?」


 慈は、この街の神殿を預かる神官長イスカル・リッターソンの、まるまると肥えた姿を思い出しながら問う。


「もしくは、運営者に問題がある可能性も、無いとは言い切れません」


 必ずしも補助金が着服されるなどの汚職が起きているとは限らない。孤児院を預かる者の素行が困窮の原因となっている場合もあると言うシャロルに、ナッフェが噛み付く。


「シスターは悪い事してねーぞ!」

「そーだな、お前みたいに泥棒したりはしないだろーな」

「うぐっ」


 慈のカウンター口撃に沈むナッフェ。そんな、ある意味では真っ直ぐなナッフェ少年にフッと笑みを零した慈は、どうせ視察して回るだけの慰問巡行なのだから、一ヵ所くらい増えても構わないだろうと、問題の孤児院を訪ねてみる事にした。


「次の視察までまだ時間があるし、ちょっと様子を見に行こうか」

「シゲル様が、そう仰られるのであれば……」

「仕方ありませんねぇ」


 アンリウネは戸惑いつつも了承し、シャロルはこうなるであろう事を予測していたように苦笑を返すと、御者に孤児院へ向かうよう指示した。


「よし、行くぞ。早く乗れ」

「え……俺も、乗って良いのか?」


 乗車を促されたナッフェは戸惑うも――


「乗らないんなら馬車に括り付けて引き摺って行こうか?」

「死んじまうよっ!」


 慈の過激な冗談に『引き回しの刑じゃねーか!』とツッコミつつ、慌てて飛び乗るのだった。


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