第十七話:工場視察と小さな綻び




 翌朝。まだ暗い内から起き出した慈は、軽く身体を解しながら日の出までの時間を過ごす。


(なんかもう習慣になってるから、あんま長く眠れないんだよな)


 廃都で生活していた頃のこの時間帯は、少々数の多い魔獣の溜まり場に奇襲を仕掛けたり、偵察に充てるなどしていた。

 あの時代ほど殺伐としていなくとも、魔族軍との戦いが終わるまでは気を抜き切るわけにはいかない。故に息抜きもほどほどにとどめておく。


「でも飯が美味しいのは良いな」


 腹いっぱい食えるのは幸福だ、等と一人呟いて柔軟を終えた慈は、朝日が射し込み始めた部屋で普段の戦衣に着替えると、宝具の詰まった鞄を背負い、宝剣フェルティリティを装備した。

 そこへ、アンリウネ達がやって来た。正確には、彼女達が廊下を歩いて来る気配を察知したのだが。

 やがて扉が控えめにノックされる。


「シゲル様、起きておられますか?」

「起きてるよー」


 朝の挨拶にやって来た彼女達に「開いてるよ」と促す。


「失礼します」


 そう一言告げて六神官が入室する。


「おはようございます、シゲルさ――」


 寝ぼけ眼でぼへ~とした慈の寝起き姿を想像していたアンリウネ達は、朝日を背に完全武装で凛と立つ黒髪の少年、勇者シゲルの雄々しい姿に、思わず息をのんだ。


「みんなおはよう……どうかした?」


「あ、いえ……」

「何と戦いに行く気だいあんたは」

「シゲル君は早起きですねぇ」

「なんと凛々しいお姿……」

「シゲル様、格好いいですっ」

「いい……」


 呆けているアンリウネ、ツッコミ炸裂なセネファス、とぼけた様子のシャロル、見惚れているフレイア、感じたまま称えるリーノ、そして恍惚と呟くレゾルテの順である。

 彼女達の中でも「なんで完全武装なんだ」と突っ込んで来たセネファスに、慈は訊ね返す。


「え、だって軍事工場の視察に行くんだろ?」

「気合い入れ過ぎだよっ」


 慈を休息させる目的で連れて来た慰問巡行なのに、本人にやる気があり過ぎると、セネファスは更に突っ込む。


「もっと気を抜きなよ気を」

「いや、気ぃ抜いちゃダメっしょ」

「と、とにかく、食事にいたしましょう」


 二人の割とのほほんとしたやり取りに気を取り直したアンリウネが、皆で朝食に向かう事を勧めるのだった。



「んで、今日は軍事物資の生産工場とか農場の視察って事でいいんだな?」

「はい、そうなります」


 朝食の席で今日の予定の詳細を訊ねる慈に、諦めたように答えるアンリウネ達。

 最初はただ静かに朝のひとときを過ごしてもらおうと、仕事の話はしないつもりだった。しかし、慈から出て来る話題は慰問巡行の予定と今後の対魔族軍戦略の展望、将来の軍事活動方針などが中心で、そこに穏やかな食事の風景など欠片も無かった。


『俺の事を心配してくれてるのは分かるし、気を遣ってくれるのは嬉しいけど、無理に問題から目を逸らそうとしても、却って気まずくなるだけだよ』

『そ、それは……』

『俺は、問題とちゃんと向き合ってる時の方が安心するなぁ』


 そんな風に苦笑で諭され、逆に気を遣わせてしまった事を恐縮する羽目になった。現実は理想論程ままならないものだと自覚した六神官は、以後、慈が過ごし易いようにと話題を無理に偏らせる事なく『勇者のお仕事魔王軍との戦い』の話にも応じている。


 その後、朝の視察に出掛ける慈には、アンリウネとシャロルが同行した。騎士の護衛もつくので、流石に十人近くもぞろぞろ引き連れて歩くのは邪魔になるだろうと、慈が現場に配慮した。

 朝、昼、夕と別の現場に向かう際、それぞれ交代で二人の神官がついていく予定である。


「それじゃあ行って来ようか」


 神殿前で送迎の馬車に乗り込み、慈達一行はベセスホードの工場地帯へと出発した。



 四人の護衛騎士に神官アンリウネとシャロルを引き連れて慈がやって来たのは、一般兵向けの規定装備の一部を手掛けている製造工場だった。


「あれって甲冑の部品?」

「そうです。ここでは革製品の下地が作られていますね」


 工場内では大勢の作業員が横長な作業台の上で革を加工している様子が覗えた。ここで作られた甲冑の部品は聖都の工房に納められ、最終工程に組み立てと魔術による強化処理が施される。

 この工場には加工技術を指導する職人や、大勢の作業員が聖都から派遣されていた。


「聖都から来てる人が多いのか?」

「この街の住民の大半は農業で生計を立てていますからね」

「武具を作る技術を持つ者が少ないのですよ」


 なので聖都で職にあぶれた技術者や作業経験者を送り込んでいるそうな。いわばベセスホードの街は聖都の工房向けに土地を借しているような状態らしい。


「ふーむ、普通に考えたら軍事需要で儲かってそうに思えるけど……」


 街に来た時から感じていた、活気があるのに寂れている感覚の正体は、街の工場から出る利益が街に還元されていない為だった事が分かった。


(もうちょっと街に恩恵があっても良いような気がするけどなぁ)


 慈はそんな風に思いつつも、この問題は自分が口を挟める分野ではないので、黙っておいた。そうして工場の責任者から説明を聞きながら施設内を歩いて回るという視察をこなしていった。



 無事に朝の視察を終えた一行は、宿に戻るべく送迎の馬車へ向かう。工場地帯の出入り口付近に停めてある馬車の近くまで来た時、慈は僅かな違和感を感じ取った。


「うん?」

「シゲル様?」

「どうかしましたか?」


 ふと立ち止まって馬車を注視する慈に、アンリウネとシャロルが振り返って声を掛ける。慈は、その場でスッと宝剣を抜くと、刀身に光を纏わせた。


「シ、シゲル様?」

「シゲル君?」


 突然何事かと戸惑う二人を他所に、慈は送迎馬車に向かって剣を振り下ろした。光の柱となった『勇者の刃』が地を駆けるように飛んで行き、塀の壁を擦り抜け、馬車の後部にある荷台の梯子付近を掠める。


「うわあっ」


 途端、子供の悲鳴と共に小さな人影がポテッと梯子から転げ落ちた。

 御者や護衛の騎士達からは死角になっていたらしく、慈の放った光の刃と今し方の不審な悲鳴に反応した護衛の一人が、困惑した様子で調べに動く。


「怪しい人影が見えたんで、取り合えず威嚇してみたんだ」

「そ、そうだったのですか」

「行ってみましょう」


 慈の放つ勇者の刃は、慈が敵と認定した条件の相手は何でも断ち切る恐ろしい刃だが、それ以外の対象には全くの無害。慈の説明に戸惑いつつも頷いたアンリウネとシャロルは、少し騒がしくなっている工場地帯の出入り口に駆け付ける。


「はなせよー!」

「大人しくしろっ!」


 そこには、騎士達に首根っこを掴まれて暴れる十歳くらいの少年の姿があった。纏っている服は染みだらけの穴だらけで、擦り切れて褪せた色合いから年季の入ったボロだと分かる。


「さっきの人影ってその子供?」

「ああ、勇者殿。手癖の悪い浮浪児ですよ」


 騎士がやれやれといった表情で馬車の後部に視線を向ける。そこに備え付けられているランプを盗もうとしていたらしく、金具が半分ほど外されていた。

 突然光の柱が通過して行ったので、驚いた拍子に手が滑って転げ落ちたようだ。


「浮浪児じゃないやい!」

「ほ~お、保護者が居るのなら厳重注意せねばな」


 少年を捕まえている騎士がそう言うと、少年はあからさまに狼狽える様子を見せた。ふむと呟いた慈は、少年に訊ねる。


「お前、名前は? どこから来たんだ?」

「けっ」


 唾を吐いてそっぽを向く少年。騎士達が何か言い掛けたが、彼等は思わず言葉を飲んだ。慈がおもむろに剣を抜いて振り上げたのだ。

 同じく唖然として硬直している少年に、慈はもう一度丁寧に説明を交えて訊ねる。


「平民が貴族から盗みを働くと死罪だそうだ。お前の名前と所属を答えるか、ここで処刑されるか、選ばせてやる」


 中々に厳しい選択を迫る慈に、アンリウネとシャロルはハラハラと見守る。二人は、慈が本気で子供を斬るつもりは無いと信じている。

 それでも、宝剣を掲げた慈の放つ殺気は本物で、護衛の騎士達でさえ緊張で身動き出来ないほどの威圧感を感じていた。


(シゲル様……)


 アンリウネは、同じ場所、同じ時間を共に過ごしながらも、シゲルだけが違う世界に生きているような錯覚を覚えて、漠然とした不安を抱いた。



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