第十九話:孤児院訪問
ベセスホードの孤児院は、大通りから二つほど通りを抜けた先、街の隅の区画にあった。敷地は意外に広く、国策で立てられているだけに建物もしっかりしている。
二階建てで屋根裏部屋の窓が並ぶ白い大きな屋敷だった。
「思ってたより立派な造りだな」
庭は手入れがされているらしく、背の高い雑草などは見えない。木製の設置型遊具もある。
「子供達の姿が見当たりませんが……」
「今はお昼寝の時間なんだ」
アンリウネの呟きにナッフェが答える。皆が寝静まるお昼寝の時間は、院長が席を外して部屋に籠もるので、孤児院を抜け出すには絶好のタイミングなのだそうな。
慈達の馬車が孤児院の敷地内に乗り入れると、飛び降りたナッフェが出入り口に走った。事前に連絡無しでの訪問になるので、まずはナッフェから院長に客人の来訪を告げてもらうのだ。
「シゲル様は、どこまで話されるおつもりですか?」
「んー、とりあえず窃盗未遂の件は伏せといて、孤児院の運営状況とか資金の事を訊いてみよう」
玄関前でそんな話をしながら、ノンビリと構えている慈とアンリウネにシャロル達。そのうち、ナッフェのドタバタした足音が屋敷の奥から近づき、やがて扉が開かれた。
そこにはナッフェ少年と、彼に呼ばれた孤児院の若いシスターが立っていた。走って来たのか、少し息を切らした様子で顔色が悪い。
肩まで伸びる軽くウェーブした栗色の髪がベールに見え隠れしている。少しタレ目気味な碧眼と、八の字に下がった眉のせいか、気弱そうな印象を受ける。
「どうも、私が
イルド・ラウニーと名乗った若いシスターは、聖都の神官と護衛の騎士、それに杖や弓が見え隠れする大きな鞄を背負い、立派な剣を提げた慈を見て、訝し気な表情を浮かべた。
一見して何の集団か分からないので、その反応も当然かと納得する慈は、イルド院長に挨拶と訪問の理由を述べようとした。
「こんにちは、俺は――」
「シゲル様、ここは私達が対応します」
「シゲル君は少し待っててくださいね」
アンリウネとシャロルがそう言って前に出ると、院長に自分達の身分を明かし、今日ここを訪れた目的を『勇者様による孤児院の慰問である』と説明した。
「そ、それは、何と勿体ない――大変名誉な事で御座います。ですが……――」
深々と頭を垂れて恐縮するイルド院長はしかし、今は院内が片付いておらず、とても客人を案内できるような状態ではないので、慰問は後日に改めてほしいと懇願してきた。
アンリウネとシャロルは、イルド院長の訴えをもっともだと思いつつも、孤児院の慰問は元々予定に無かった事。
日を改めるにはスケジュール全体の見直しが必要になる為、難しいという結論に至った。
そもそもが、今回の訪問目的は孤児院の運営に支障がないか、補助金がきちんと届いているか等を確かめるべく様子を見に来たので、そこさえはっきり確認出来れば施設の案内までは必要無い。
「少しお話を聞かせていただければ十分ですよ」
「いえ、申し訳ございませんが……今はちょっと……」
「……?」
頑なに慰問の受け入れを固辞するシスター・イルドに、違和感を覚えた慈はおもむろに告げた。
「いいよ、アンリウネさん、シャロルさん。また今度にしよう」
「しかし、それでは他の予定が……」
「今日みたいに視察の隙間の時間使って来れば大丈夫っしょ」
公式な視察は朝昼晩と、その都度宿に帰って休憩を挟むので、ついでに顔を出しに来るくらいの余裕はあるはずだ。慈はそう諭して、引き揚げに掛かる。
「ご理解頂き、恐縮でございます」
「じゃあまた後日、このぐらいの時間に」
戸口で頭を下げるイルド院長に背を向けた慈は、アンリウネとシャロル達を引き連れて孤児院の建物を後にした。
そうして馬車のところまで戻ると、イルド院長から死角になる車体の影で『宝珠の外套』の力を発動させた。
「っ……! シゲル様?」
「アンリウネさん達は、このまま馬車に乗って一旦離れてくれ。ちょっと探って来る」
急に気配が消え、姿が見えなくなってしまった事に驚くアンリウネ達に、慈は孤児院の様子を見て来ると一言告げてこの場を離れた。
微かな足音を残して隠密状態に入ってしまった慈に、アンリウネとシャロルは顔を見合わせると、軽く息を吐きながら馬車に乗り込む。
「それでは宿に戻りましょう、シゲル様」
「午後は農場の視察になりますよ」
護衛の騎士達も二人の演技に合わせ、慈が乗っているかのように振る舞いつつ馬車を走らせた。
一方、孤児院の裏手に回り、侵入出来そうな場所を探す慈は、一階の廊下沿いと思しき窓の下に、僅かだが不自然に抉れた土と、草の荒れた痕跡を見つけて観察する。
(これは子供の足跡……? ここから飛び降りてる感じか)
何度も窓から飛び降り、同じ場所に着地し続けた事で付けられた痕跡と推測する。恐らく、ナッフェ少年が孤児院を抜け出す時の通り道だろう。
中の様子を覗いながら窓に手を掛ける。鍵は掛かっておらず、軽くスライドして開いた。よく見ると、他の窓は嵌殺しになっている。
ここだけ封鎖処理を忘れたのか、あるいは後から封鎖の留め具を外すなどしたのかもしれない。
付近に誰も居ない事を確認した慈は、孤児院の建物内へするりと侵入したのだった。
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