第六話:勇者の事情



 慈が儀式の間に戻ると、大神官とアンリウネ達六神官の他、勇者の専属となる使用人達や、数人の神殿関係者等が残っていた。


「あ、勇者様」


 出入り口に一番近い場所に居たリーノが帰って来た慈に気付くと、皆の注目が集まる。


「またせた。色々説明する事があるから、静かに話せる場所を頼む」

「わ、分かりました。では会議室の方へ」


 代表のアンリウネが、若干の緊張感を露にしながらそう応えて、慈と皆を先導した。会議室に向かうのは慈と六神官に、大神官。専属使用人達も後で慈を部屋へ案内する為に付いて来る。


 神殿の奥にある会議室。特に重要な案件の議論などに使われて来た場所で、召喚の儀を行う決定や、それに伴う六神官の選定もここで行われた。

 使用人を除く神殿関係者達が大きな楕円形のテーブルで向かい合う。彼等を見渡しながら、慈はおもむろに話し始めた。


「まず、俺の名前は耶麻戸やまとしげる。今から五十年後の未来から来ました」


 顔を見合わせ、ざわめく関係者達。彼等の大半は『一体どういう意味なのだろう?』という戸惑いを浮かべている。予想された反応なので、慈は構わず続けた。


「俺がここに来て直ぐに指摘したと思うけど、魔法陣の一部が間違ってたせいで、俺が召喚されたのは五十年も後になってからなんだ。で、その時代では人類が魔族軍に滅ぼされて詰んでた」


「な……っ!?」


 衝撃的な内容に、ますます困惑を深める神殿関係者達。

 慈は、自分がその時代の六神官に支えられながら勇者としての戦い方を学び、この時代に送り出されたという一連の事情を説明した。


「その……五十年後の六神官というのは――」


 絞り出すように問い掛けるアンリウネに、慈は彼女が思い至ったであろう結論を、頷いて肯定する。


「うん、君達の事だよ。アンリウネさんにセネファスさん、シャロルさん、フレイアさん、リーノちゃん、それとレゾルテさん」


 そう言って全員の名を呼んで見せた慈に、やはり驚きの表情を浮かべている六神官達。しかし、いつまでも驚いてばかりいられては困ると、慈はこれからの活動について提案する。


「とりあえず、直ぐに軍と協力して戦えるように手筈を整えてほしい」


 今現在、この『南の大国オーヴィス』が人類最後の砦である状態に変わりはない。まずは近隣国の主要な街を奪還し、人類の領域を広める事を優先したいという慈。

 すると、これまで慈の言葉に耳を傾けて沈黙していた大神官が口を開いた。


「色々と信じ難い話だが、『召喚の儀式』自体、よく分かっていない代物であるからな。そのような事もあるのだろう。我々はシゲル殿の話を信じ、その提案を支持しよう」


 元より、勇者には最前線に立ってもらう事が前提だったのだ。実際に今日、魔族軍の斥候部隊を一人で殲滅したと聞く。

 受け入れにおける説得や心のケア、訓練期間等が丸ごと短縮される事に、なんら不都合はない。


 話の分かる偉い人大神官で良かったと一息ついた慈は、もう一つ、言っておくべき事を告げる。


「一つだけ注意点。俺、人が死ぬところ見た事ないから、味方が死んだりすると動揺すると思う」


 これは、アンリウネ婆さんやセネファス婆さん達と廃都で宝具集めをしていた時に言われた。

 人によく似た小鬼型の凄惨な死体は何度も見ているが、あの半年間の生活の中で、他の人間を見た事は無く、当然ながら人間の死体も見た事が無い。


「だから、そこには支えがいると思う」


 自身の弱味を堂々と明かす慈に、六神官や大神官達神殿関係者は『自分達は救世主に信頼されているのだ』と強く認識した。

 対策として、勇者が任務に赴く時は六神官の内の誰かが常に同行し、慈の傍に付く方針が取られる事になった。


「じゃあ今日はこんなところか。一先ず休ませてもらっていいかな?」


 顔を見合わせた神殿関係者達からの異論もなく、終始慈が仕切った会議室での事情説明会及び報告会はこれにて閉幕となった。

 その後、入室を促された専属使用人に慈を自室まで案内するよう指示が下される。


「で、では、お部屋にご案内いたします!」

「よろしく」


 大神官と六神官、数人の神殿関係者はまだ会議室に残り、細かい打ち合わせをするらしい。

 専属使用人達に先導されてこの世界、この時間軸での、新しい拠点となる自室に向かう慈は、今後の活動に関わる懸念事項についても考えていた。


(若いアンリウネさん達とも、いずれゆっくり話して親睦を深めないとな……)


 元の世界に還る為には、彼女等に寿命を消費して『召還の儀』を行ってもらう事になる。

 慈が知る限り、彼女等は皆誠実で、慈がこの世界の人類を救った暁には、召還の儀を執り行う事を拒否したりはしないと思われる。


 だが、国家や神殿が『強大な力を持つ勇者』を簡単に手放すかと考えると――


(まあ、簡単には還してくれないだろうなぁ)


 人類の救済と同時に、自分自身の救済の手立ても考えておかなければならない。やる事は山ほどある。


(だけど今は――)


 救世主が消えて終わった五十年後の世界から、救世主が現れて始まる五十年前の世界に降り立ったこの身に、一時の休息を。



(……自分で"降り立った"とか言うの、なんかこっぱすかしいな)


 そんな事を思いながら、案内された自室でベッドに倒れ込む慈なのであった。



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