第五話:第一防衛塔事案



 儀式の間を出た慈は、まだ廃墟と化す前の神殿内部を見渡して少し感嘆していた。

 荘厳な壁の飾りやタペストリー、床一面に敷かれた美しくふかふかの高級そうな絨毯など、あの半年間、人類が終わった世界の壊れた街しか見て来なかった慈には、とても新鮮に映った。


(こんなに綺麗な内装だったんだな)


 別に贅沢が過ぎるとか、趣味が悪いなどとは思わない。素直に『立派な建物だ』と感心する。やがて神殿の聖域とされる奥の通路を抜けて、王宮の敷地内に入った。

 見張りの王宮騎士達が、見慣れない慈の姿に戸惑った様子を見せている。顔を見合わせた彼等が訊ねた。


「失礼、貴方は?」

「さっき召喚されて来た勇者です。よろしく」


 誰何に勇者の慈ですと答える。騎士達は、尚も戸惑いを残したまま、慈の後方に視線を向けた。そこには、腕組みをして様子を見ているクラード将軍の姿。

 騎士達のお伺いの視線を受け流したクラード将軍は、沈黙を続けている。慈のフォローをせず、どう対処するのか観察しているようだ。


(うーむ……?)


 疑う気持ちは分かるが、ここは悠長に観察してる場面じゃないだろうにと、時と場所を弁えない将軍の態度に小さく溜め息を吐いた慈は、騎士達に事情を説明する。

 これから北門に迫る魔族軍の迎撃に向かう事や、クラード将軍が同行に名乗り出て随行する事になった旨を告げた。

 真偽を問う騎士達に、クラード将軍は一応本当だと答える。


「急ぐから、馬車でも出してくれると助かる」

「た、直ちに手配します」


 慈の要請に、王宮の騎士達は慌てて伝令を走らせた。



 王宮の敷地を出たところで、クラード将軍の護衛を兼ねる直属の騎士達と合流した。彼等は慈を見て訝しむ表情を浮かべたが、将軍が特に何も言わないので沈黙している。

 クラード将軍の部下がイエスマンで固められているのか、あるいは深い信頼関係が構築されているが故に、誰も何も言及しないのか。

 慈は彼等にも自分が勇者である事を伝えておいた。反応は特に無し。その後、手配された軍用馬車に乗り込み、北の防壁門に向けて出発する。


 サイエスガウルの大通りを移動中、慈は多くの人々で賑わう聖都の街並みを眺めていた。見覚えのある建物もちらほら。


(あ、ここの開けた場所って確か――)


 初めて戦闘を経験した瓦礫群のあった場所には、大衆宿らしき建物が立っている。時計塔のような背の高い建造物もいくつか見えた。


(こんなに立派な街だったんだな……元の世界に還る為にも、俺がしっかり護らないと)


 慈はそう改めて気を引き締めた。




 きょろきょろと街の風景を眺めている慈の様子を、クラード将軍はじっと観察しながら考える。神官達の触れ込みでは、この世界の事を何も知らぬ異世界人だという話だった。

 しかし、この若者の反応を見るに、とてもそんな大層な人物とは思えない。確かに物珍し気に街を見回しているが、辺境の村から出て来た田舎者のそれと変わりない。


(それよりも……)


 先程の違和感に気付いた。この若者、儀式の間から王宮区までの道程を迷いなく進んだ。あそこは神殿の中でも最奥に位置する、聖域と呼ばれる部屋。

 出入り口の場所も、道中の通路も、他と比べて結構入り組んでいる。なのに、この若者はまるで通い慣れているかのように通り抜けたのだ。


(なぜ、異世界の人間が儀式の間や、神殿の構造を知っている? 勇者の力か? いや、それでも救世主に関する触れ込みと矛盾する)


 クラード将軍は、神殿側が主張する救世主だの勇者だのの言い伝えは、それが存在したと記された時代の、単なる政治的な処置の一環。苦肉の策に等しいものだと認識していた。


 自国の民を纏める為のみならず、普段から相容れられぬ関係の国同士が、やむを得ず協調を図る際の象徴シンボルとして掲げられた、名目上の存在に過ぎない。そう思って来た。


(こやつ、何者だ。何が目的で勇者を名乗っている? どこかの家の回し者か?)


 如何にして正体を暴いてやろうか。クラード将軍はそんな事を考えていた。




 やがて一行は北門前までやって来た。未来では完全に崩れ墜ちていたが、まるで小規模の砦のような立派な防壁門が聳え立っている。

 ここに配備されている騎士達が、クラード将軍の下に集まって来た。


「クラード将軍!」

「現状は?」


 言葉短く訊ねる将軍に、騎士達は敬礼しながら現状報告をする。


「ハッ、魔族軍の斥候と思われる部隊が街道の先、第一防衛塔付近に迫っているとの事です」

「第二防衛塔はどうなった」

「第一防衛塔の伝令によれば、戦闘が始まって直ぐに倒壊したと」

「ふむ、進軍速度もかなりのものだが、防衛塔の倒壊とは……地竜でも連れているのか」


 防壁門の騎士とのやり取りに少し思案した将軍は、続けて指示を出した。


「直ちに第一防衛塔に援軍を送る! 部隊を編成次第出撃だ!」

「ハッ」


 集まっていた騎士達が、将軍の指示を伝えに防壁門のそれぞれの部署へと散っていく。慈は、クラード将軍の迅速な指揮ぶりを見て感心していた。


(ふむふむ、ちゃんと働いてるように見えるけど。この人どこらへんが使えなかったんだろう?)


 四つの部隊が編成され、第一防衛塔に向けて出撃する。第一防衛塔は聖都の防壁門からぎりぎり視認出来る距離で、大体十キロほど先に立っている。


 慈達が第一防衛塔に到着した時には、陣形を組んだ塔の防衛部隊が魔族軍の部隊と睨み合っている状況だった。魔族軍との距離はおよそ五十メートルで、いつ戦闘が始まってもおかしくない。

 クラード将軍と援軍部隊が到着した事で、より緊迫感が高まっていく。


 防衛部隊と合流し、陣形の中央から最前列に上がったクラード将軍は、傍らに付いて来る慈に言った。


「では、勇者とやらの力を見せて貰おう」

「部隊配分は?」


 慈は自分に与えられる兵の内訳を訊ねるが、思わぬ答えが返って来た。


「貴殿一人だ」

「は?」


 思わず聞き返す慈に、クラード将軍は腕組みの仁王立ちで見下ろしながら言い放つ。


「出自の怪しい得体のしれない輩に、大事な兵を預けられるものか」

「うーん、別にいいけど……後であんたが困らないか?」


 神殿を出る時も勇者の扱い云々で揉めたのに、ここで通常なら誰が聞いても無謀か、もしくは愚かな行為とそしられ兼ねないような采配をして大丈夫かと忠告する慈だったが――


「ふん、無用な心配だな。それとも怖じ気づいたのか?」

「……」


 どうやら現場に出るまでの準備はそつなくこなせるが、現場で実戦に入るとダメな判断をする人だったらしい。王宮の敷地内で騎士達が慈に誰何した時の対応も合わせて、状況判断に問題があるようだ。


(なるほど、これは指揮官としては使えんわ……)


 周囲の騎士達は、クラード将軍と一緒にやって来た見慣れぬ少年が『救世主の勇者らしい』と聞いて驚く者や訝しむ者。

 その勇者に兵も与えず、一人で戦わせようとする将軍に『いいのかそれ』といった雰囲気で戸惑いの表情を浮かべている者も居る。

 しかし、将軍の決定に意見出来る者は居ない。


「……まあ、一人の方が動き易いからいいか」


 軽く息を吐いた慈は、そう呟いて魔族軍の斥候部隊を見やると、宝剣フェルティリティを抜き放ちながら一人、陣形の外に出た。


 本当に一人でやる気なのかと、ざわめく防衛部隊の騎士達。クラード将軍も、どの時点で泣きを入れて来るか、或いは背後に付いている者の名を出して交渉して来るのかと様子を見守っていたが、数秒後、彼等は揃って驚愕の表情で固まる事になった。


 慈が脇構えにした宝剣の刀身に光が宿る。


「な、なんだ?」

「魔法剣か何かか?」


 後ろで騒ぐ騎士達を他所に、慈は前方の魔族軍部隊を殲滅する為に必要な光の刃を放つ方向や角度、回数を計算する。


(このくらいかな?)


 人類の滅んだ五十年後の世界で、魔王の力によって強化された魔物達を相手に半年間の修行を経た慈の力が開放された。

 横薙ぎに一閃。轟音と共に放たれた光の刃が、魔族軍部隊に吸い込まれるように飛んで行く。

 魔族軍側は、防衛部隊から先制の攻撃魔法が来たと戦闘態勢に移行しようとするが、次の瞬間固まった。光の風が吹き抜けるように通り過ぎたと思ったら、部隊の中央が消えたのだ。指揮官を含む指揮部隊ごと一瞬にして。

 派手な爆発があるでもなく、強力な攻撃魔術で地面が抉れるでもなく、先程まで指揮部隊が陣取っていた場所には、僅かに残った肉片と血痕が散らばっていた。

 指揮官を失って動きの止まった残りの魔族軍部隊に、二撃目、三撃目の光の刃が撃ち込まれる。

 何が起きたのか訳が分からず、オロオロと戸惑う魔族軍部隊は、そのまま最初に消し飛ばされた指揮部隊と同じく『勇者の刃』によって蒸発した。

 後方に一体、ぽつんと残された地竜は、本能で危険を悟って踵を返すと、思いの外素早い速度でドタバタタッと土煙を上げながら撤退していった。

 慈は、追撃しても良かったのだが、指示も無く一人で先行する訳にもいかないので見逃した。そうして唖然としているクラード将軍達を振り返り、告げる。


「終わったぞ?」


 とっとと帰って次の戦いに備えようと促す慈に、クラード将軍と防衛部隊は、しばし言葉を失っていたのだった。



 ちなみに、このあと王宮に戻った慈は、将軍が兵を動かしてくれなかったので一人で対処した事や、第二防衛塔を倒壊させたと思われる地竜を仕留め損ねた事も加えて報告。

 クラード将軍には神殿関係者や、他の将校達からも批難が向けられた。


「だから忠告したのに」


 宮殿官僚達からも説明を求められて、しどろもどろになっているクラード将軍を尻目に、慈はアンリウネ達六神官が待つ神殿に向かうのだった。


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