第四話:疑惑の勇者



 選ばれし六人の神官の祈りと共に、召喚魔法陣が起動する。

 王族や宮廷魔導士、多くの神殿関係者が見守る中、召喚魔法陣の中心に空間の歪みが発生し、やがて一人の少年が現れた。


「おおっ、成功だ!」

「我らが救世主! 勇者様!」

「これで人類は安泰だ!」


 少年――慈の周りには、豪奢な法衣を纏った六人の若い神官が傅いている。


「……なるほど、本来はこうなる筈だったのか」

「勇者様?」


 謎の呟きを聞き取った六神官の代表、アンリウネが小首を傾げる。慈は、時間跳躍前にアンリウネ婆さん達から聞いた、召喚魔法陣起動前後の状況を思い出す。


(確か、この儀式の時に聖都に魔族軍の攻撃があったんだっけ)


 過去に着いて早々だが、救世主としての初仕事に意識を向ける。慈は、未だ儀式の成功を喜んでいる人々に向かって口を開いた。


「出撃」

「え?」


 慈の言葉に、皆が注目する。


「魔族軍の斥候部隊が来てるんだろ?」


 ガチャリと、腰に下げた剣の立派な鞘を鳴らし、肩に背負った大きな荷物袋を背負い直しながら静かに問い掛ける慈に、神官達を始め周囲の関係者も戸惑う。


 古から伝わる召喚の儀指南書によると、召喚されたばかりの勇者は何も知らない異世界の一般人なので、まずは丁重にお迎えして事情を説明し、協力を取り付けなければならない、とある。


 しかし、この勇者は歴戦の猛者のような堂々として落ち着いた佇まいに、まるで全てを見透かしているかのような黒い瞳で、居並ぶ六神官や大神官、国王を始め宮殿官僚や将軍達を見詰めている。

 違和感を覚えたアンリウネが問い掛けた。


「貴方は、本当に勇者様なのですか?」

「一応、本物らしいよ?」


 老いたアンリウネ婆さんの面影を感じられる若きアンリウネに答えると、まだ煤けていない美しい銀髪を持つ若きセネファスが、召喚魔法陣を指して言った。


「しかし、召喚魔法陣が未だ稼働しているようだが……」

「あ、それ一文字間違ってるから」


 慈の指摘を受けて、「え?」と魔法陣を振り返った六神官の中で、最年少のリーノがその箇所に気付いた。


「あ! 本当です、線が一つ多い!」

「うわ、マジか! 誰だそこ書いたの」

「大神官様っ、ちょっと来てください!」


 途端に魔法陣を囲んで騒ぎ始める六神官と神殿関係者達。


(このチョンボで未来の人類滅んだのか~)


 慈はそんな彼女達の様子を横目に周囲の人々を見渡し、魔族軍の動きを知っていそうな人を探す。

 王冠を被った豪奢な衣装の男性が王様だという事は分かる。近くに並んでいるのは宮殿官僚達か。


(あとは上流貴族とか神殿関係者かな。甲冑付けてる人達が将軍達だと思うけど――)


 確か、レジスタンス軍を率いるまで生き残った問題のある将軍達は、召喚の儀には参列していなかったと聞いている。

 しかし、召喚の儀に参列していた将軍達は、さらに使えない者達だったとセネファス婆さんが言っていた。


 そんな事を思い出していると、召喚魔法陣を囲んで騒いでいた神官達からざわめきが上がった。

 間違っていた一文字を修正したら、魔法陣が消えてしまったのだと。


 召喚が成されると、触媒となる六神官の寿命が削られるので、魔力の流れや体調の変化などによってソレと分かる筈。だが、そういう兆候が一切無かった。

 困惑する彼女達に、慈が掻い摘んで説明する。


「君達の寿命は、別の世界の君達が肩代わりしたよ。だから、俺を元の世界に還す時だけよろしく」

「それは、一体どういう……」


 戸惑った様子の六神官と大神官達神殿関係者に、慈は今はノンビリお話をしている時では無いと行動を促した。


「詳しい説明は後で。まずは魔族軍の斥候を何とかしよう。迎撃に出るから、兵を出してくれ」


 そんな慈の要請に、ますます困惑を深める神官達。歴代救世主に関する文献や召喚の儀指南書の内容とあまりにも違い過ぎて、上手く応対出来ないのだ。


 その時、成り行きを見守っていた参列者の中の、将軍の一人が声を上げた。


「ええい、まどろっこしい! 本物か偽物か知らぬが、戦いに出るというなら我がクラード防衛隊が随行してやろうではないか」


 聖都防衛軍・北門守護隊の総指揮、クラード・バッセラ将軍。

 慈が老いたアンリウネから聞いた過去情報によれば、サイエスガウルを護る防壁門の中でも、最初に陥落した北門を担当していた将軍だ。


「んじゃあよろしく」


 戦える人なら誰でもよい。慈は今の自分の力と、迫っている魔族軍斥候部隊の規模情報からそう判断すると、クラード将軍の申し出を受け入れた。


 しかし、そこで我に返ったアンリウネが異議を唱えた。


「お、お待ちください! まずは我々神殿側で正式にお迎えしてから――」


 勇者は神殿に所属する救世主として扱わなければならない。これは召喚の儀指南書にも教訓として記されている内容で、勇者の力と存在を人類の救済以外に利用させない為の処置である。


 救世主が持つ強大な力と、絶大な人望や名声は、戒律で護らなければほぼ確実に政争に使われる。勇者を召喚して人類の危機を救った大国が、その後数年で滅亡の道を辿る例が非常に多かった。


 ひたすら戸惑っていた神殿関係者もそれで自分達の役割を思い出すと、勇者を勝手に連れ出そうとした将軍に抗議を向けた。


「何だと! こちとら貴様らの茶番に付き合ってやっているんだぞ! この大変な時勢に救世主ごっこなぞで煩わせおって!」

「何たる暴言! 貴殿はそれでも聖都サイエスガウルの守護者か!」


 どうやらクラード将軍は、『救世主』や『勇者』という存在に懐疑的な立場を取る人間のようだ。彼と同じように、召喚の儀によって異世界から喚ばれる『特別な存在』を信じていない者も、実は少なくはないのだ。


(まあ、数百年に一回あるかないかって儀式だもんな)


 作り話の類だと思う人が居てもおかしくないと、慈は彼等の考えに理解を示す。しかし、ここで軍と神殿が揉め合っていても仕方がないので、双方を諫めに掛かった。


 キシンッと、僅かに鞘から抜いた剣を納刀して金属音を響かせた慈は、思わず注目した皆に諭す。


「喧嘩はそこまで。今は国を護る事が先決だろ? アンリウネさんも、後で説明するから、ここは他の皆や大神官さん達と受け入れ準備だけして待っててくれ」


 いいね? と視線で問う慈に、アンリウネは戸惑いながらも頷いた。


「じゃあちょっと行って来るから」


 そう言って踵を返した慈は、片目を細めるように顔を顰めているクラード将軍の前を通り過ぎ、儀式の間を後にした。

 クラード将軍は、何か違和感を覚える様な表情を浮かべながら、慈の後に続くのだった。



 残された神殿関係者や王宮の者達は互いに顔を見合わせると、各々が自分の持ち場に戻ったり、隣の者と密談を始めたりと動き始めた。

 救世主の世話係として待機していた神殿の使用人達も、勇者を案内する予定だった部屋の手入れに向かうなど、それぞれ受け入れ準備に取り掛かる。


 選ばれし六神官と大神官は、此度の召喚の儀で現れたあの勇者について、意見を取り交わそうと円陣を組んでいた。

 そこでふと、アンリウネが疑問を口にする。


「あれ……? さっき彼は、私の名前を……」


 その呟きで、六神官達はまだ彼とお互いに名乗り合ってもいなかった事に気付く。


「そういやあの、当たり前のように儀式の間から出て行ったけど、なんでこの部屋の造りを知ってたんだろう?」


 本当に異世界から召喚されて来たばかりの救世主なのか? と、セネファスも疑問を挙げる。

 円陣に顔を揃える六神官と大神官は、皆召喚が成功したと喜んだ時の希望の笑顔が消え、不安と困惑の色を深めていたのだった。


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