第三話:廃都制圧



 勇者の力を示した慈は、その後も六神官達から戦闘訓練を受けつつ廃都を巡り、徘徊する魔獣を駆逐しながら活動範囲を広げていった。

 廃都の神殿跡を拠点に活動する慈と六神官達の事は、まだ魔族軍にも人類のレジスタンス軍にも知られていない。


「シゲル様はお休みになられましたよ」

「そうですか、ご苦労様」


 六神官の中でもっとも歳若く体力的にも余裕があるという理由から、拠点での慈の身の回りの世話を任されている神官リーノ(63歳)の報告に、アンリウネが労いの言葉で応える。

 神殿の一室に王宮跡から家具や寝具を集めて作った慈の部屋は、そこだけ豪華な高級ホテルのような様相を呈していた。

 この殺伐として陰鬱な廃墟の中で、身を休める場所くらいは穏やかに在れるようにと、六神官達の提案で慈が(荷物運びを)頑張ったのだ。


「それにしても、勇者の力とはあれほど凄まじきものとはねぇ」


 白髪の神官セネファスがしみじみ呟くと、アンリウネは皺の目立つ顔にさらに皺を増やしながら、難しい表情を浮かべて言った。


「いえ……シゲル様の力は、普通の勇者の力では無いと思います」

「それは、どういう意味だい?」


 部屋の隅で休んでいた他の六神官達、シャロル、フレイア、レゾルテも集まって来てアンリウネの言葉に耳を傾ける。

 アンリウネは、勇者に関しては大神官によく資料の文献を閲覧させて貰っていた。なので歴代の勇者達がどのように活躍し、その後の人生をどう生きたのかなど、割と詳しかったりする。

 その彼女から見て、慈は少し異常だと感じられるのだ。


「歴史上、あれほどの強大な力を有した勇者の存在は、記されていなかったと記憶しています」


 一文字間違えた召喚魔法陣は、五十年間も選定状態のまま稼働していた。勇者の選定条件とは、現状にもっとも適した資質を持つ者だったはず。

 そこから導き出されるのは――


「恐らくシゲル様は、魔族に支配された現状に対抗し得る資質を持っているのでしょう」

「っ!?」


 もし五十年前の召喚が成功していたなら、ここまで強力な勇者が喚ばれる事はなかったと思われる。アンリウネは自らの推論をそう述べた。


「それならっ、今からでも残っている人類軍を集めて、反撃に出られるのでは?」

「彼の力でなら可能でしょう。ですが――」


 その提案には賛成しかねると、アンリウネは首を振る。この世界を救う事は出来ても、彼を元の世界に還す事が出来ない。


「それでは約束を反故にするも同然です」

「で、でも……」


 人類の救済と、その為に喚んだ勇者個人との曖昧な約束事を天秤に掛けて良いモノなのか。そう問い掛けるような空気が漂うが、アンリウネは続けてこう言った。


「これは私情ですが……シゲル様を、あの将軍達に預ける気にはなれないのです」

「それは……」


 王家の系譜に仕える身である六神官としては、極めて個人的な感傷に基づく不適切な考え。とはいえ、それを裁く審問官も法もここには存在しない。


「確かに、あの連中には任せられないね」


 鼻を鳴らして同意したセネファスが、暖炉の火に焚き木をくべる。

 最後まで足の引っ張り合いを演じ、多くの犠牲を出しながら人類の敗北後も生き延びて、人類側の希望としてレジスタンスを率いている将軍達。

 六神官という指導者側寄りの立場から、彼等を近くで見て来た者として評価を下すなら、彼等は信頼に足る味方では無い。そう感じているのは、アンリウネだけでは無かった。


「レジスタンスの人類軍には与せず、このまま私達だけでシゲル様を教育して過去に送り出しましょう」


 アンリウネの決意と提案に、六神官達は揃って頷いた。


 それからの慈と六神官達は、廃都の中でも特に重要な施設を制圧して回り、廃都中に散らばっている貴重で強力な『宝具』の回収を進めて行った。

 このサイエスガウルが陥落した時、『宝剣フェルティリティ』と同時期に造られた宝具を装備して戦った者達が居た。

 特別な宝具を与えられた精鋭の騎士や傭兵戦士達は、それぞれ死守すべき拠点に割り当てられ、最期はそれらの施設を枕に討ち死にした。


「あの時も、戦力を分散すべきではないと、将軍達に進言する声は多かったのですが……」

「聞き入れずバラバラに配置して、各個撃破されたと? その人達って本当に戦いのプロなのか?」


 アンリウネの話に出て来る将軍達に対し、もしやワザとやってたんじゃなかろうかと、魔族軍のスパイ説を邪推する慈に、セネファスが流石にそれは無いと窘める。


「要所要所で将軍同士がつまらん意地の張り合いをして、兵達を危険に晒す事はあったけどね」


 それなりに人類軍を率いる熟練の指揮官として貢献もしていた。そう擁護したセネファスは、先日制圧した重要施設跡で回収出来た『宝珠の外套』を羽織り直す。


「さあ、今日はあの施設です」

「通常の獣型魔獣が数匹に、小鬼型だね。目的の宝具は奴らが持ってたよ」

「ゴブリンってやつか」


 正面に見える三階建ての大きな施設は、片側が二階部分の壁から大きく崩れて、正面の出入り口も瓦礫で塞がっている。周辺にはすっかり見慣れた四足歩行の魔獣がうろつき、施設内にはボロを纏った小柄な人の姿にも似た、小鬼型と呼ばれる亜人が数体。

 現状、慈達の戦力は、勇者である慈と老いた神官六人で全てである。


 慈に一人でこの広大な廃都の魔獣を討伐させて回るわけにもいかないと、六神官達も回収した宝具を使って戦闘のサポートをしていた。

 宝剣フェルティリティを構えた慈が、勇者の刃を発動させる。光の斬撃が飛んで行き、直撃を受けた魔獣は即座に蒸発。

 二撃三撃と繰り出される光の刃は次々と魔獣を討ち滅ぼし、瓦礫の山を貫通して壁の向こうに居る敵をも消し飛ばした。


「お見事です、シゲル様」

「やれやれ、上手く行ったか」

「それじゃあ、ちょいと様子を見て来るよ」


 この奇襲に先立ち、宝珠の外套を羽織ったセネファスが事前に周辺を偵察し、敵の正確な数や位置を確認して慈達に報告していた。

 セネファスが羽織る宝珠の外套の効果は、結界技術による身隠しの技。姿や気配の他、魔力も感知され難くなる隠密に特化した宝具であった。


「よーし、『宝珠の魔弓』を見つけたよ! 小鬼共はやっぱり使い方が分かってなかったみたいだね」


 セネファスが緑色の宝珠が埋め込まれた大きな弓を掲げながら戻って来る。

 使用者の魔力で作られた矢を番えて、無限に射る事が出来る魔弓の回収に成功した。

 宝珠シリーズの武具は、他にも槍や盾、甲冑、大剣などが存在する。それらを全て回収すれば、かなりの戦力アップに繋がるはずだ。

 廃都を徘徊する魔獣達を駆逐しながら、先人の残した対魔族兵器を回収していく活動を通して、慈はこの世界の事を学び、救世主の勇者としてその実力を高めていった。



 そして、慈がこの世界に召喚されておよそ半年。廃都から全ての魔獣を討伐した頃――魔族軍がやって来た。

 かつての人類最後の砦であった聖都サイエスガウルの廃墟に救世主が現れ、魔族勢力に反撃を始めていると聞きつけて殲滅に来たのだ。


「あれは中央の征伐軍ですね。西方から呼び戻されたのかも」

「やはり北門から包囲して来るようだね」

「彼等にしてみれば、ここを陥落させた縁起の良い方向ですものね」

「でも、おかげで時間を稼げますね」


 大聖堂跡の展望台から魔族軍の動きを確認したアンリウネ達は、慈が待つ儀式の間へ向かう。

 今日は慈を過去に送り出す晴れ舞台であり、お別れの日でもあった。



 人類の救世主である勇者を下せば、各地で抵抗を続ける人族のレジスタンスも希望を失って大人しくなるだろう。

 魔族軍の勇者討伐師団を率いる師団長は、騎乗する地竜の上に立つと、廃墟の門前を埋め尽くす将兵達を見渡して鼓舞する。


「恐れるな! 人間共が縋る勇者を討ち取り、我ら魔族の勝利を永劫のモノとするのだ!」


 ウォオオオオオオ――という雄叫びで応える精鋭亜人部隊も加えた魔族の軍勢に、進軍の号令が下された。


「進めぇ!」



 大神殿の儀式の間にて、迫りくる魔族軍の咆哮を耳に捉え、地響きを肌に感じながら、時間跳躍の儀式が行われる。


「どうか、この世界の人類に救いを」

「過去のあたし等によろしくな」


 神妙な表情で頷く慈。もはや多くは語らないし、語る時間も残されていない。この半年という短い期間に築き上げた、お互いへの信頼と、早過ぎる別れ。

 言葉少なに最後の挨拶を交わした六神官が、召喚魔法陣のあった場所に円陣を組む。その中央に立つ、勇者の宝具で身を固めた慈は、静かにその時を待った。


 召喚魔法陣跡に召還魔法陣を起動し、世界を渡る為の異次元への扉を開くと、魔法陣跡に残された魔力を辿って、前回の召喚魔法陣を起動させた時間軸に座標を合わせる。


「さようなら、シゲル様」

「アンリウネさん……! みんなっ!」


 召還魔法陣が輝き、慈の存在がこの時間軸から消えた。同時に、寿命を使い果たした六神官はその場に崩れ落ち、果てた。



 それから間を置かず、大聖堂に侵入した魔族軍の斥候が、儀式の間に雪崩れ込んだ。


「ババア共の死体しかないぞ!」

「勇者を探せ!」

「逃げ場など無いはずだ!」


 やがて、廃都サイエスガウルは全域が魔族軍に制圧され、二度目の陥落を喫した。

 僅かに残った建物も打ち壊され、全てが焼き尽くされたが、人類の救世主たる勇者の姿は、結局どこにも見つからなかった。


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