第二話:勇者の力



 世界が魔族の支配下になってからは、魔族軍の中でも雑魚的なポジションにあった低級魔獣も、かなり強化された獰猛な魔獣と化していた。それらは魔王の力の成せる業とも謂われている。

 地上を徘徊する魔獣は、戦場で死肉を漁る掃除屋兼、敵性勢力を発見する斥候として、世界中の廃墟や野山にも放たれていた。生き残った人類が魔族から身を隠して活動出来る場所は限られる。

 廃都となったここサイエスガウルにも、そうした残党狩りを目的に魔獣が徘徊している。


 深夜の刻。体長二メートルくらいありそうな、ずんぐりした犬のようでもあり、イノシシのような見た目の四足歩行型の魔獣が、どんよりした廃墟の通りをのそのそ歩いている。


「うわぁ、なにあれ……」

「一般的な魔獣です。以前はもっと小柄でしたが、魔王の力を受けて巨大化していると謂われていますね」


 通常は四、五匹の群れで行動している野良犬のような魔獣だと、アンリウネが教えてくれた。


「幸い、今はあの一匹だけのようです。まずは武器の扱いに慣れましょう」


 老いた自分達にも対処出来る相手なので、勇者の力を持つ慈なら問題無いはず。手馴らしにあの魔獣を倒すよう促された慈は、刀身に宝珠の付いた剣を持たされていた。


 魔族軍との決戦末期に、魔導技術の粋を集めて製造された一振。これ一本であらゆる系統の魔術や物理攻撃が可能でかつ、防御にも使える優れモノ。


「なにその器用貧乏を具現化したみたいなのは……」

「威力が伴わなければそうなりますが、『宝剣フェルティリティ』の力は本物です」


 なにせ滅亡寸前まで追い込まれた人類が、採算など度外視して貴重な素材をふんだんに投入して造った武器である。


「そういうの量産して精鋭チームに使わせたら、何とかなってたんじゃないの?」

「残念ながら、その宝剣が造られた頃にはもう、色々と手遅れだったのです……」


 人類軍の中でも、最後まで足の引っ張り合いを演じた一部将軍達が居たと、アンリウネ婆さん達は当時を思い出してか、皆表情を暗くする。

 ただでさえ陰鬱な雰囲気の廃墟で、暗い顔の婆さんが六人も並ぶと気が滅入る。一つ息を吐いた慈は、『宝剣フェルティリティ』を握り直すと、瓦礫の隙間から顔を出している魔獣を見据えた。


「――って、こっち見てるんだけど!」

「いけないっ、仲間を呼ばれる前に仕留めてください!」


 すぐさま臨戦態勢を取った婆さん達は、周囲を警戒して慈のサポートに回る。


「い、いきなりあんな怪物相手はマズくない?」


「大丈夫、貴方ならやれます!」

「選ばれし勇者の力を示したまへよ」

「あれは雑魚だ、素人でも狩れるわ」

「がんばってください~」


 神殿跡でレクチャーした通りにやれば問題無いと鼓舞するアンリウネ婆さん達。


「魔法陣でちょんぼやらかした人達に言われてもなぁ……」


 ちょっぴり恨み言を吐いたりしつつ、慈は構えた宝剣に力を発現するイメージを送った。この宝剣の優れたところは、どんな素人が扱ってもそれなりの効果を発揮出来る機能にある。

 宝剣自体に強大な力が込められており、使用者のイメージを読み取って、それにもっとも適った効果を発現する。

 高価な魔法の杖などにも搭載されている魔術の補助的な機能だが、宝剣フェルティリティの場合、威力や効果範囲が『補助』の範疇を越えているのだ。


 慈達を捕捉した魔獣が、瓦礫を蹴散らしながら突進してくる。大きく開かれた無数の牙が並ぶ口腔の中心で、赤黒い巨大なヒルを思わせる舌がビチビチ跳ねる、中々にグロいビジュアル。さらに、その魔獣の後方には同じ姿の黒い影が迫っている。


「よし、神殿に帰ろう!」

「ええい、現実逃避しとらんではよ戦え」


 白髪の婆さんに叱られた。「ちくせうちくせう」と呪詛を呟きながらも武器を構える慈の傍に、並び立ったアンリウネ婆さんが援護射撃をしてくれる。


「集中して! 自身と宝剣の力を信じ、力の解放を!」


 アンリウネ婆さんが正面に翳した手の平の中心に、炎の塊が発現する。バレーボールくらいの大きさまで膨らんだ炎塊が魔獣に向かって放たれた。


「……!」


 アンリウネ婆さんの、か細い腕を見た瞬間、慈の心に申し訳なさと小さな怒りがこみ上げる。こんな細腕の婆さん達に頼ろうとする自分の、不甲斐なさに対する苛立ち。

 しかし、頼らざるを得ない理不尽な現状に対する怒り。それらの怒りを自分達の『敵』にぶつけるべく闘志を抱く。

 慈の闘志に反応した宝剣フェルティリティの刀身に光が宿り、勇者の力が発動した。


「っ!?」

「うわっ!」


 一瞬の閃光と轟音。ただの一振り。それだけで巨大な光の斬撃が射出され、正面に迫っていた魔獣が消し飛んだ。


「おおお……」

「あれが、勇者の力……」


 魔獣を一瞬で蒸発させた光の斬撃は、周囲の瓦礫には一切の影響を与えず、淀んだ空気を斬り裂きながら進み、遥か外壁部分にまで到達していた。しかも、直進上に居た魔獣も何体か巻き込んでいた。


 勇者シゲルの能力は、聖なる斬撃を飛ばす『勇者の刃』。慈が『敵』と認定した対象のみを選定し、規模も範囲も無視して吹き飛ばす。『敵』以外には一切の被害を与えず、味方ごと斬っても『敵』にだけ当たるという仕様であった。


「なんて器用で都合の良い力……素晴らしい」

「ああ……五十年前に召喚出来なかった事が悔やまれる」

「あのミスさえなければねぇ……」


 誰が書き間違えたのか等は、もはや考えても意味は無い。しかし、勇者の力を目の当たりにした六神官達は、改めて慈に神官の礼を奉げると、人類救済に向けて決意を新たにする。


 人類の敗北したこの世界で勇者としての修行を積んでもらい、召喚魔法陣が起動した五十年前に溯って人々を勝利の世界に導いて欲しい。

 その為に、自分達に残された僅かな命を奉げると。



 そんな六神官達に覚悟を向けられている慈は、勇者の力の『初撃ち』の影響か、全身の力が抜けてその場にへたり込んでいた。


「腰に力が入らないんだけど……」


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