第一話:遅過ぎた勇者


 新月の夜。無人の廃都に、半壊した姿を晒す大神殿の跡地にて。かつて聖域と呼ばれていた儀式の間に集まった六神官達。

 彼女等は聖都サイエスガウルが陥落し、最後の大国オーヴィスの消滅で人類が敗北してからも、生き残った戦士達と共に各地でレジスタンス活動を続けていた。

 しかし、圧倒的戦力で全世界を支配する魔族側には、いささかの揺らぎも与えられず、人類側に再興の兆しは見えない。

 そんな、人類にとっての暗黒時代。


 互いに老いた姿を哂い合う神官達は、自分達の最期はここで迎えようと集まったのだ。


「結局、人類の救世主は現れなかったねぇ」

「……あの時、大神官が仰っていた通りだったのかも」


 五十年間、ここで輝き続けた召喚魔法陣を見詰めると、誰が言い出すでもなく魔法陣を囲むように座り込む。

 その時、一人が魔法陣に違和感を覚えた。


「ここ、おかしくない?」

「うん……? あら、ほんと。線が一本多い」


 魔法陣を構築する呪文が一ヵ所間違っていた。今さら直したところでどうなる訳でもないが、せっかく気付いたのだからと、気になるので修正される一文字。

 その途端、召喚魔法陣は次の段階に進んだ。


「えっ……」


 勇者選定状態のままループしていた召喚魔法陣が修正された事により、五十年に及ぶ選定期間を終え、現状にもっとも適切な素質を持つ、救世主たる勇者が召喚された。



 § § §



 その日、耶麻戸やまと しげるは自宅でテレビを見ていた。


『人類の希望、貴方が救世主に選ばれた。勇者よ、光臨せよ』


 どこからともなく響いて来たそんな声を訝しんでいると、突然真っ白な光に包まれた。光が収まると、廃墟のような古ぼけた石造りの壁や天井。

 自分の周りには、ボロを纏った六人の老婆がかしずいている……というか、みんな膝を突いてがっくりと項垂うなだれている。


「なんだこりゃ」


 意味の分からない現象と光景に困惑する慈は、思わずそう呟いた。



 老婆達――選ばれし六神官から事情を聞かされる。


「つまり、手違いで人類が終わった世界に召喚されてしまったと?」

「まことに、申し訳ありません……」


 彼女達の話によると、些細なミスによって召喚時期が大幅に遅れたらしい。

 本来であれば、人類の救世主として召喚された勇者には専門の補佐役が付き、数年掛けて魔族と戦う為のノウハウが教育される。

 立派なエリート救世主に育った勇者が、人類側の連合軍を率いて魔族軍を撃滅する、という計画だったらしいのだが、現在の世界は既に魔族の支配下。

 僅かに残った人類で、未だ戦っている勢力もあるようだが、魔族世界の大勢に影響はほぼない。


「そんな状態から盛り返すなんてムリゲーじゃんっ、元の世界に還してくれ!」

「ごめんなさい、それは無理なの」


 勇者召喚には、召喚者の寿命が使われる。召喚の儀を行う神官は、寿命の消費を軽減する為に六人も選ばれる。六等分する事で、儀式後もそこそこの年齢まで生きられるというシステムなのだ。


 今回、大きく遅れて召喚が成されたので、年老いた六人共、もう寿命が残り少ない。元の世界へ返すだけの寿命が足り無い。


「既に一人逝きかけてますし……」

「……」


 代表で説明をしていた赤髪の老婆が、そう言って仲間を振り返る。視線の先では、白髪の乱れた婆さんがプルプルしている。

 寿命不足で召還を行うと、儀式が中途半端に終わって、世界を渡る途中で『狭間の世界』に放り出される恐れもあるという。そして、『召喚の儀』を行った者にしか『召還の儀』は行えない。


「詰んだ……」

「大丈夫、まだ希望はあります」


 がっくり項垂れている慈に、赤髪の老婆はそう言って励ますと、ある提案を持ち掛けた。


「元の世界に還す事は難しいですが、この世界の過去に送る事なら出来ます」

「……どういう事?」


 赤髪の老婆――アンリウネの説明によると、召喚魔法陣はずっとここで稼働していたので、世界を渡る為の時空回廊を通じて、召喚魔法陣を稼働させた時間軸に繋ぐ方法で時を遡る事が可能だという。


「よく分からないけど、過去に跳べるって事?」


 それに何の意味があるのかと問う慈に、アンリウネは過去の若い自分達なら、召還の儀も行える筈だと答えた。

 ただ、このまま過去に溯っても、何もせず元の世界に返してもらえるとは思えない。未来の人類は滅んだと教えても、受け入れるわけがない。


「まあ、それはそうだよな……」

「なればこそ、今の状況を最大限活用すべきだと思うのです」


 過去に溯ってから違う未来に辿り着けるように、この人類の終わった世界で修行してから過去の世界に跳べばよいというのが、アンリウネの提案だった。


 不幸中の幸いか、ここには人族が魔族との戦いで培って築き上げた、強力な武具類や戦闘用魔術の知識がある。それらを身に付けてから過去に行けば、その後の魔族との戦いの助けにもなる。


「ん~……狙いは分かるけど、そもそも何で俺なの?」


 何故、異世界の単なる一般人を救世主にして戦わせようとしているのかという根本的な質問を繰り出す慈に、アンリウネは『勇者召喚』の仕組みについて説明してくれた。


「異世界からの召喚には、特別な力を得る条件が備わっているのです」


 人間が世界を渡る際、一個人を構成する精神と肉体と魂が一旦分離する。ヒトとして再構成される時、そこに特殊な性質を付け加える事で、通常の方法では身に付かない、特別な力を持った人間を作る事が出来る、というのが『召喚システム』の付与効果らしい。


 なぜ対象が若者なのかと言えば、新たな生命を創り出す為の能力が活発だから。特殊な性質の付与は、子供を創る時に使われる生命エネルギーの通り道に埋め込まれるのだそうな。


「結構マッドな内容だった……」


 特別な力を得るというか、付与すると言うより植え付けると言った方がしっくり来るような内容じゃないかと慈は呻く。


「その影響で子供出来なくなったりしないの?」

「それは大丈夫です。勇者の特殊能力が、子孫に引き継がれたという記録もありましたし」


 とにかく、過去の時間に戻ってこの世界を救えば、元の世界にも帰れる。アンリウネ婆さんはそう言って諭すと、慈に改めて頭を下げる。


「勇者シゲルよ、どうか我らの世界をお救い下さい」


 大きく天井の崩れた大聖堂の儀式の間にて。アンリウネが膝を付いて神官の礼をとると、他の神官達も揃って傅いた。皆、老齢で足腰も随分弱っているらしく小刻みにぷるぷる震えているが、身に付いた神官の礼は崩さない。


「……他に選択肢は無いんだよな?」


 肩を落としつつ、溜め息と共に呟いた慈は、周囲の瓦礫を見渡した。人類最後の砦だったこの廃墟にも、魔族軍の斥候や野良魔獣が徘徊しているという。



 魔族の走狗と、老いた婆さん達しかいないこの廃都で、慈は人類の救世主となるべく勇者の戦い方を学び始めるのだった。


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