第四十五話:オーヴィス国王との話し合い
大神殿と王宮を繋ぐ廊下の前で大神官と合流した呼葉は、国王の待つ部屋と移動する。大神官には御供に上級神官が二人付いていた。呼葉は見かけ上は一人だが、直ぐ傍に隠密状態のシドが居る。そのシドが、こっそり呼葉の鞄をつついて何かを報せようとする合図をした。
呼葉が身体を解す振りをして姿勢を斜めに崩すと、隣に来たシドが耳元に囁く。
「右側の人」
それだけで意図が伝わった。大神官の御供の片方が、例の会合に出ていたという怪しい上級神官らしい。
国王と大神官と聖女が内密な話をする席に、御供として同行を許される立場の人間が、魔族側を支援する集団に関わっているという事だ。
(これは、王様と相談し合うだけじゃ済まなさそうね)
今夜はとりあえず早急に現状報告をして、一先ずの対策を話し合うつもりだったが、少々予定を変更しなければならなくなった。
王宮にある特別な会議部屋に通された呼葉達。部屋にはアヴィス王と側近の他、護衛騎士の姿もある。入室して挨拶を済ませると、錚々たる顔触れを集めての込み入った話という事で、王は人払いをしようとする。が、呼葉が待ったを掛けた。
「出来れば信頼出来る騎士なり兵士を、もう何人か追加でお願いします」
「うむ? それは構わぬが……」
重要かつ内密な話をすると聞いていたのに、人目を多くする意図が分からないと訝しみながらも、部屋には新たに騎士が追加された。
防諜と警備を厳重にした、密談専用であるこの部屋はあまり広くない。その為、甲冑を着込んだ幅のある騎士達が四方の壁際に並び立つと、圧迫感が凄かった。
ちなみに、一番スペースを取っているのは宝具の詰まった鞄を背負っている呼葉だったりする。
中央のテーブルで国王と側近、呼葉(と見えない従者シド)、大神官と御供の神官が向かい合う。話し合いの準備が整ったところで、呼葉は唐突に切り出した。
「国家の上流層に、魔族側と通じている勢力が居ます」
前置きもすっ飛ばしていきなりの爆弾投下。王と側近が目配せで何かの意思疎通を行い、壁際の騎士達は思わずといった様子で身じろぎして甲冑を鳴らす。
少しざわついた空気の中、王の側近が訊ねた。
「あー……聖女コノハよ、それは我が国の貴族の中に裏切り者が居る、という事かね?」
「そうなります。実は神殿関係者の中にも居ます」
呼葉が答えると、アヴィス王が目線で大神官に真偽を問い、大神官は重々しく頷いて肯定した。今回の密談の詳しい事情を聞かされていなかった御供の神官が、驚いた表情で大神官を振り返る。
その片方――シドが指摘した上級神官は、驚愕の表情の中に別の感情が交じっていたが。
「なるほど、これは確かに由々しき話だな」
アヴィス王が溜め息を吐きながら呟き、側近は咳払いで気を取り直すと、引き続き話を進める。
「その裏切り者は、判明しているのかね?」
「ある程度は」
呼葉がそう答えながら、ちらりと視界に捉えた例の神官は、ひたすら顔色が悪そうだ。
「実は昼間にフォヴィス王子とお会いしまして、その時に有効な判別条件を教示頂きました。今からそれを実践して見せます」
そう言って立ち上がった呼葉は、国王も含めて全員に起立を願う。そして宝杖フェルティリティを掲げながら、フォヴィス王子のところでやった『魔王ヴァイルガリンの人類侵攻に抗う者』という条件で祝福を付与した。
対象はこの部屋にいる者全員。祝福の付与条件を使った判別法は最後の手段にすべきとザナムが主張していたが、今回は燻り出す相手が明確なので例外だ――と呼葉は判断した。
「では全員で跳んでみてください。天井で頭を打たないように気を付けて」
少し戸惑った様子で顔を見合わせながらも、言われた通りその場で跳んでみる面々。国王と側近と護衛の騎士と大神官と御供の神官と呼葉&シドが揃ってジャンプ。
「うおっ!」
「っ!?」
「ひぇ!」
「おおっ!!」
祝福の掛かっている者全員が、自身の背丈ほども垂直にジャンプできた事に驚きの声を上げる。その反応は様々で、大神官は神の御力に感激しているし、王様と側近はちょっと楽しそうだ。護衛の騎士達も甲冑の重さをまるで感じなくなる上に、有り得ないほどの身体強化に感嘆している。
そんな中で、件の神官はもはや真っ青になっており、御供の相方や大神官から具合が悪いのかと心配されている。
「コノハ殿、彼には祝福の効果が出ていないようですが……」
「そうですね」
「……え、あの?」
「つまり、そう言う事です」
淡々と告げる呼葉。『聖女の祝福』の凄まじい効果に浮かれて和んでいた空気が一転、この場でただ一人、祝福の掛かっていない上級神官に注目が集まる。
「そ、そんな、まさか……彼は――」
意外にも大神官が一番狼狽していた。それだけ、この上級神官の事を信頼していたであろう事が覗える。
「この場で他に祝福の掛からない人が出なくてよかったです」
そう言って掲げていた宝杖を下ろす呼葉に、皆がハッとなる。もし、部屋に招いた騎士達の中に裏切り者が居た場合、呼葉が対処するつもりだったのだと。
「護衛の騎士さん達、もう一度ジャンプしてみてくれますか?」
呼葉は先程の祝福条件にもう一つ『オーヴィス王家に忠誠を誓う者』という条件を追加して祝福を付与する。結果、問題無く全員が天井付近までジャンプした。
「王様、ここに居る騎士さん達は全員、信頼して大丈夫みたいです」
「ほほう」
一応、信頼できる者として集められた騎士達だが、神の力を振るう聖女からのお墨付きは大きい。騎士達は、自分達の忠誠が聖女に明言された事を誇らしそうにしている。
それはさておき、件の祝福を受けられなかった上級神官である。周りの人間が超強化された状態では抵抗する気も無くなったのか、大人しく拘束を受け入れ、尋問するべく連行されていった。
「……彼は、救国の六神官候補だった」
肩を落としながらポツリと呟いた大神官が語る。体調不良を理由に候補を外れて、ネスが六神官に選ばれるという経緯があった。それまでは、召喚魔法陣の構築作業にも関わっていたという。
「なるほどね。魔法陣が間違ってたのって、ワザとだったのかも」
「そういう事……なのでしょうなぁ」
大神官達が様子のおかしい彼を不審に思わなかったのは、体調不良を起こす前例があったからと、一度は六神官に選ばれるほど信頼を得た神官だったからだ。
「あの人は、例の会合で神殿の代表みたいな扱いだったらしいです。他にも関わっている人が居るかも知れないんで――」
「ええ、承知しております。後で神殿の関係者を集めて、コノハ殿の祝福を試しましょう」
大神殿の掃除に関しては大神官から言質を取った。魔族側と通じている事を知らずに、件の会合に関わっている者達と交流や取引を重ねている人達も、当然居ると思われる。
繋がりのある人物を芋づる式に摘発するだけでは、思わぬ取り零しや冤罪を招いてしまうだろう。したがって、しばらくは呼葉の力に頼った判別をしていくしかない。
軽く捕り物も起きた今回の密談。そろそろお開きというところで、アヴィス王が呼葉に告げる。
「今宵は難儀だが有意義な話し合いであった。聖女コノハよ、此度の成果に何か褒美はいるか?」
「では、明日フォヴィス王子と会えるようお願いします」
「それだけで良いのか?」
「はい。大事な話をしたいので」
他は大体、聖女の特権で何とかなっている。救世主の立場でも気軽には会えない王族とのアポが欲しいという呼葉の要求に、納得したアヴィス王は何時でも面会を申し込めるよう手配してくれる事になった。
こうして、国王を交えたこの日の話し合いは、多少の予定変更もあったが、概ね呼葉が望む形で成功裏に終わったのだった。
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