第四十四話:フォヴィス王子
シドの諜報活動で明らかになった『上流層の屋敷で怪しい会合に参加しているらしい上級神官』について。大神殿のどこに所属しているのか調べてみようと、呼葉は人事担当の部署にやって来た。ちなみに、今日はネスが呼葉に付いている。
アレクトールとザナムは、引き続き根回し巡りで大物貴族達の屋敷に出掛けており、クラインとルーベリットは査問会で使う書類を揃えるなどの下準備。ソルブライトは『縁合』との顔合わせに街へ出ていた。呼葉と会わせる前に、まず六神官が会って打ち合わせするらしい。
「ネス君は六神官だから、神殿の中でも位は高いのよね?」
「は、はい、一応それなりには」
寿命も対価に乗せて異世界から救世主を召喚する六神官は、健康である事は勿論それなりの魔力を備えている必要がある。
若過ぎるネスは当初、候補に上がっていなかったのだが、元々六神官に選ばれていた神官が儀式の直前に体調を崩した為、急遽抜擢された。
「経験が浅く、他の皆さんと比べてあまりお役に立てませんが……」
「そんな事ないよ、ネス君はちゃんと役割を果たしてる」
若輩である自身を卑下するネスを、呼葉はそう言って励ます。未来の廃都では身の回りの世話係をして貰っていたし、この時代ではシド少年を除いて唯一の年下枠。癒し役のマスコットは貴重だ。
人事部の責任者に掛け合い、上級神官の名簿を確認させてもらう。昨日、お勤めなどで外出した上級神官をチェックして、その行き先や目的を調べる。
「上流層の屋敷に出掛けてる人が分かればと思ったけど……」
「大雑把な内容しか記されていませんね」
一応、神官の名前と行き先や目的も書いてあるのだが、どれが誰やら分からないのでは意味が無い。これはシドと一緒に行動して直接その相手を見た方が速いと結論付けた呼葉は、名簿を戻して人事部を後にした。
「ああそうだ、オーヴィスの王子様にも今のうちに会っておこうかしら」
「フォヴィス様にですか?」
先日、アレクトールとザナムに聞いた限りでは、話の通じる王子様らしいので、味方に出来そうなら早めに話をしておきたいと思ったのだ。
「今から面会出来るかな?」
「ど、どうでしょう? 申し込んでみますね」
大神殿から王宮に繋がる廊下へと足を向けたネスと呼葉は、フォヴィス王子に謁見を求めるべく歩き出した。
「やあやあ、待ってたよ~。いつ会いに来てくれるのか楽しみにしてたんだ」
ニコニコとフランクに話し掛けて来る若き貴公子。フォヴィス王子との謁見はあっさり通った。呼葉は『あ、これ面倒臭い人だ』と直感を働かせると、挨拶だけして早々に引き揚げようとする。
「急な謁見に応じて下さり、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。では――」
「いいよいいよ、僕も聖女ちゃんには会いたかったんだ。さあそこに座って、お茶にしよう」
食い気味にグイグイ来るフォヴィス王子の勢いに圧され、お茶菓子の用意されたテーブルに案内されてしまった。仕方ないのでお茶に付き合う。
「活躍は聞いてるよ、随分派手にやってるそうじゃないか」
「まあ、ぼちぼちです」
「是非君の話が聞きたいな」
「挙がってる報告以上の事は無いと思いますよ?」
あからさまに親密になろうとするかのような王子の質問攻めを、塩対応で躱す呼葉。
フォヴィス王子については、ザナムが高く評価している口ぶりだったので会いに来てみたのが、これではただのミーハー王子だ。見込み違いだったかもしれないと呼葉が思い始めた時――
「うーん、なかなか打ち解けられないねぇ」
苦笑して質問攻めを止めた王子の雰囲気が、少し変わる。訝しむ呼葉。
「うん、ここは思い切って突っ込んでみようか」
一人決意するように呟いた王子は、先程までの好奇心丸出しな雰囲気を消し、王族然とした態度で問い掛ける。
「君の祝福は、対象を選別したり、条件を付けられるそうじゃないか」
「そうですね」
「じゃあちょっと確かめてみてくれないか? そこの神官君に」
「確かめる?」
そう言ってネスを指す王子と、彼を振り返る呼葉。二人に視線を向けられたネスは、居心地が悪そうに身じろぎした。
「彼が――魔族側の人間ではないという証拠を見せて欲しい」
「はい?」
呼葉は一瞬、サラ親子や『縁合』の事を思い浮かべる。が、次に王子の口から出た内容は意外なものだった。
「条件はそうだなぁ……『魔王ヴァイルガリンの人類侵攻に抗う者』でどうかな」
この条件でここに居る全員に祝福を掛けて、身体能力が向上すれば白。王子は、自分や呼葉自身も対象に含めて『
検証の結果、三人で天井付近まで垂直ジャンプして、シャンデリアに頭をぶつけそうになった。傍から見れば結構シュールな光景だ。
「あっはっはっ、いや~凄い効果だねぇ。これは凄いよ。兵士達に使ったらとてつもない戦力増強になるじゃないか」
「まあ、そういう力ですから」
確証を得られて安心したのか、元の緩い雰囲気に戻ったフォヴィス王子。
聖女の祝福の力を体感した事も含めて大層満足したらしく、今後何かあった時は味方になるので、是非相談しに来て欲しいと言って帰された。
呼葉から謁見を申し込んだ筈なのに、何だか呼ばれて行って来たかのような気分になる。そんな奇妙な感覚に肩を竦めつつ、呼葉達が大神殿に戻ったのは、お昼になろうかという頃だった。
自室で休んでいた呼葉のところに、上流層の屋敷で行われている怪しい会合を探っていたシドが、情報を持って帰って来た。
「それって、確かなの? 聞き間違いじゃなく?」
「ん、シドの他にも聞いた人がいる」
シドが掴んで来た情報は、ある程度の悪い状況も予想していた呼葉にして、少しばかり頭を抱えるような内容だった。
――それは、呼葉とネスがフォヴィス王子と面談していた頃。シドは件の屋敷の近くに隠密状態で潜んでいた。前回忍び込んだ時と同じ方法で侵入するべく、来客の馬車をひたすら待ち続ける。
正門を通される馬車が一旦停車した隙に、こっそり取り付いて一緒に入るという方法での侵入を狙っていたシドは、ふと裏口の方に人影を見た気がして様子を見に動いた。
裏口のある通りには、これと言って特徴のない風貌の男がただ歩いていた。裏口の前を通り過ぎた男は何気なく周囲を見回し、高い塀に片手をついた。
丈夫な石材と鋭い鉄柵で出来た塀は繋ぎ目も罅割れも無く、その滑かな表面には僅かな凹凸さえも見られない。シドが登って乗り越える事を早々に諦めた塀である。
壁に手をついた特徴のない男は、そうしてバランスを取りながら靴ズレを直しているような動作をするが、シドの目から見てその動きは不自然だった。男の身体の軸が全くブレていないのだ。
そんな僅かな違和感を漂わせていた男は、やがて靴の履き心地を確かめるようにトントンと二度石畳を踏み鳴らすと、くるりと方向を変えて、今し方通り過ぎた裏口に向かう。そしてごく自然に裏口の扉を開いた。
そのまま扉を潜ろうとした男は、一瞬鋭い視線をシドが隠れている街路樹に向けて立ち止まる。が、そこに何も発見出来ず、『気のせいか』という表情を浮かべて扉を潜って行った。
隠密状態のまま裏口に近付いたシドが扉に手を掛けるが、扉はビクともしない。そこでシドは、男が手をついていた塀を調べてみた。
滑かな表面に少し汚れが付いている。その部分だけ、微妙に材質が違っているような僅かな変色が見られた。シドはそこを手で押してみたが、特に変化は無い。
しばらくそのまま手を付いていると、微かに何かが動いたような振動を感じた。鍵を開けた時のような、コトンという振動。それからシドは、男が踏み鳴らしていた石畳の部分を二度踏んで裏口に走り、扉に手を掛けると、あっさりと開いた。そういう仕掛けが施されていたらしい。
裏口から侵入できたシドは、周囲の気配を探りながら屋敷に近付き、先程の男を発見した。男は、厨房らしき部屋の出入り口から屋敷内に入ると、地下倉庫に下りて奥の大樽の裏にある隠し扉から梯子を上り、屋敷の三階にある屋根裏に侵入した。
そこから通風孔を通り抜けたり、屋根を渡るなどして屋敷の最奥にある特別な部屋に辿り着くと、天井裏の隙間に潜んだ。
男の潜入経路を参考に、隠密状態で屋敷の中を通り抜けたシドは、その部屋の隅に潜んで会合が開かれるのを待った。
やがて、ぞろぞろと入って来た貴族紳士達が円陣のソファに腰掛け、会合が始まる。その内容は、オーヴィス近郊の街を占領している魔族の駐留軍を、どこまで支援できるかというものだった。
「情報漏洩どころか、物資の補給に軍資金まで用意してたって事?」
ちょっとこれは予想外だったわと、考え込む呼葉。流石に自分一人で抱えておける話ではない。そう判断すると、ネスを呼んで大神官のところへ赴き、国王と面会できるよう取り計らってもらう事にした。
(あと、フォヴィス王子のあの質問……あれってもしかして――)
夕刻前にはアレクトール達他の六神官も帰って来たので、全員揃ってから情報の共有を行う。
「その話は、他の誰かに?」
「本当に間違いないのか?」
「大神官様にはもう話してあるわ。シド君が直接忍び込んで聞いて来た話だから、上流層の偉い人達が陰謀ごっこ遊びでもしてたんじゃなければ、間違いなく事実よ」
ザナムとソルブライトの問いに答えた呼葉は、後で国王とも会って相談する予定だと語る。その後は、これからの方針を少し話して夕食を取った。
ほとんど会話も無く、いつもに比べて随分と静かな呼葉達の様子に、壁際の使用人さん達は何かあったのだろうかと、不安気な表情を浮かべていた。
夕食後、部屋で寛いでいた呼葉のところに、大神官の使いが言伝の文を届けに来たので受け取る。中を確認した呼葉は、立ち上がってベッド脇に置いてある鞄を背負った。
「アポは取れたみたいね。行こうシド君」
「ん」
外套の隠密効果で姿を消したままのシドが返事をすると、部屋を出て行く呼葉の後ろに音も気配も無く続いた。
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