第四十三話:怪しげな会合




 アルスバルト王子との会談を成功させて大神殿に帰って来た呼葉。アレクトール達六神官からの現状報告も詳細は明日にして、今日はもう休む事になった。食堂で軽く夕食も済ませて部屋に戻る。

 昼夜ともあまり雰囲気が変わらない大神殿の廊下を進み、自室に入った呼葉は、おもむろに声を掛けた。


「シド君、居る?」

「ん」


 外套の隠密効果を解いたシドが姿を現す。彼は今日も一日、聖都に潜む穏健派魔族組織『縁合』のメンバーの中で、一人怪しい動きをしている人物に張り付いて、その動向を探っていた。

 他のメンバーの与り知らぬところでオーヴィスの上流貴族層と接触を持ち、『縁合』と聖女コノハの共闘を聞いて『焦り』を見せたという人物。


「今日はどうだった?」

「屋敷には侵入できた。明日もう一度行く」

「何か怪しい人とかいた?」

「大神殿で見た神官が居た」


 ネスに案内をしてもらった時に、大神殿の中で見掛けた上級神官と思しき人物を、その上流層の屋敷の中で見たという。他にも軍人風の貴族など数人の来客があり、奥の部屋で何かの会合をやっている様子だったらしい。

 件の『縁合』メンバーは、その中でも立場はほぼ対等に感じたそうな。


「そっか、ご苦労様。明日も無理はしないように、その会合の中身を探って来てね」

「ん」


 呼葉の労いを受けたシドは、乏しい表情ながら満足そうな様子で、自分にあてがわれた部屋で休むべく呼葉の部屋を後にした。



 翌日。夜明け前から行動を開始するシドを送り出した呼葉は、朝食を取りに食堂へ向かう。


(そう言えばシド君、いつご飯食べてるんだろう?)


 活動資金お小遣いは十分に渡してある。聖都にも屋台のような食べ歩きできる店が出ているので、人混みに紛れてこっそり済ませているのかもしれない。


「おはようございます。コノハ様」

「みんなおはよー」


 食堂に到着すると、六神官の皆が揃っていた。アレクトールに挨拶を返して席に座る――前に、宝具を挿してある鞄をどっこらしょと脇に置く。


「今日も朝から物々しいな」

「慣れて」


 ソルブライトのツッコミをさらっと流した呼葉は、上質なパンに温かいスープという割と質素な朝食をとりつつ、アレクトール達の現状報告の続きに耳を傾けた。

 まず、ベセスホードの不正取引者名簿に名前があった、聖都の大物貴族達への根回しについて。査問会で告発対象にしない事を条件に、神殿側の――正確には呼葉の意向に従う事を約束させた。彼等の口添えがあれば、聖女部隊の編制や運用に対する各方面からの干渉を抑え込めるので、かなりやり易くなる。

 査問会で発言する予定のクラインとルーベリットは、イスカル神官長とグリント支配人の汚職追及に合わせて、告発する相手の選定も調整済みだ。


「告発する人の刑罰って軽く済ませるんだっけ?」

「ええ、我々が動き易くなる為の茶番ですので」


 神殿側は、不正に係わっている貴族達と本気で事を構えるつもりは無いという意思表示として、彼等の配下にある下っ端弱小貴族を生け贄に選んだ体を装う。不正グループ側も、今回の事で叩いてよいと示した家や個人に関しては、グループを仕切る自分達に断りもなく、勝手に武具や資金の横流しに手を入れた厄介者として切り捨てる予定だったらしい。


「互いに損は無しって形にしたわけね?」

「そうなります。先方は、今回のような事後承諾は今後認めないと息巻いていましたが」


 ザナムの答えに、呼葉は何となく違和感を覚えて首を傾げる。


「それって、何だか昔から神殿と付き合いがあったみたいな感じするけど……大神官様はその辺りの事は?」

「恐らくご存じ無いかと――いえ、ある程度の把握はしていらっしゃると思いますが……」

「うーん、そうするとシド君の報告にあった上級神官が気になるなぁ」


 呼葉の呟きを訝しむアレクトール達。まだ彼等に詳細を話していなかったが、呼葉はシドの報告で上流層の屋敷に、大神殿に所属している上級神官が出入りしているらしい事を知っている。


「上級神官ですか……」

「少し調べてみましょう」


 アレクトール達が根回しで巡った、大物貴族達の不正グループと大神殿は直接関わっていないとしても、神殿の関係者が彼等と普段から通じている場合もある。

 呼葉からシドの諜報活動で得た情報を説明されたアレクトール達は、件の怪しい上級神官の事を気にした。容姿や名前が分からないので、シドに確認する必要があると。


「それなら祝福を使って探ってみる?」

「祝福で、ですか?」

「うん、ベセスホードでやったみたいな条件設定での燻り出し」


 元々は街に潜む穏健派魔族や、その関係者を探すのに使うつもりだったが、集められた群衆を敵味方に選り分けた『聖女の祝福』の付与条件設定。

 味方に不利益をもたらす事を意図的に行おうとする人物が居れば、ピンポイントで探り出せる。大神殿の神官達を集めて『味方』にのみ祝福が掛かるように設定しておけば――


「その場で皆にジャンプさせたら、一目で誰が敵か分かるよ」

「それは……」

「うーん、確かに便利そうだが……」


 それをやった場合の絵面を想像して、アレクトールやソルブライトは微妙な反応を見せる。


「ふふ、その方法は最後の手段にとっておきましょう」


 ザナムは、第三者による『検証』のしようがなく『結果』しか見られない『聖女の祝福』という特殊な方法で敵を認定するやり方は、疑心暗鬼を招いて味方の心理にも悪影響を与える恐れがあると説く。


「まあ確かに、ギスギスさせちゃうかもね」


 この方法は謂わば祝福を使った個人の思想チェックに繋がるので、十分な説明をしておかないと味方の不安を煽る事にもなり兼ねない。しかし事前に詳しい説明をしてしまうと、暗示などの方法で擦り抜けられる可能性もある。

 とかく人の心はうつろいやすい。肝心の『味方判定』も条件設定の内容次第では、本当は味方なのに祝福が掛からない場合も有り得るのだ。


「ツンデレとか誤判定出しそうだしなぁ」

「ツンデレ?」


 呼葉の謎の呟きに、六神官達は揃って小首を傾げるのだった。


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