第6話 水の様になめらかに
結城さんは日本酒があまり得意では無いだけで、お酒そのものに弱いわけでは無いと
今日の様にお食事を「はなやぎ」で食べるのは珍しいことで、これは前回のお詫びを兼ねているのだろう。
世都がタロットカードを混ぜる手元を、結城さんはワイングラスの脚を握り締めながら、
無事に意中の相手を射止めた結城さんは、持ち前の強引さでそのまま突っ走り、相手、
お付き合いを始めたと言っていたあのときから、まだ1ヶ月も経っていない。あまりの急展開に世都は驚いたものだが。
「だって、開発部って残業が多くって、平日なかなかデートできひんのんですもん。土曜に休日出勤があったり。少しでも一緒におりたいやないですか〜。せやからうちのマンションに引きずり込んじゃいました。たっくんが住んでたとこよりうちの方が会社も近いですし」
たっくんとは言うまでも無く山縣さんのことである。ファーストネームは
しかし結城さんの距離の詰め方にもびっくりだが、この短期間で同棲を受け入れた山縣さんにも少なからず驚きを感じる。流されやすいタイプなのか、何も考えていないのか、それともそれほどまでに結城さんを思っているのか。
人を好きになるのに時間は関係無いと、世都は思っている。現実として結城さんが山縣さんに一目惚れしているわけだし、感情の移り変わりも人それぞれだ。
そう思うと、同棲に踏み切った山縣さんは、もうすでに結婚などを視野に入れているのだろうか。今回の結城さんの相談内容もまさにそのことで。
「今、新婚生活みたいでほんまに幸せなんです。あたしの方が帰りが早いんで、晩ごはん作って待っててあげたり、洗濯機回したり。お掃除なんかはお休みの日に一緒にしよねって。今日はたっくん出張なんで、それやったらここに来れる!て思って」
うっとりとした表情で語る結城さんは、本当に幸福に溢れていて、世都は微笑ましさを感じる。
同棲と結婚の線引きは、入籍の有り無しとはっきりしているものの、ともに生活をするということに関しては同じである。
一緒にいる時間が長ければ長いほど、相手の良い面も悪い面も見えて来るだろう。入籍するかどうかの大きな判断材料にもなるのだと思う。入籍した途端どちらかの態度が豹変したなんて残念な話も聞くが。
どうにも今の結城さんは冷静さを欠いている様にも思えるが、今の状態は結城さんにとっては望んだもので、それは今のところ順調そうである。それは喜ばしいことだ。
「まだ早いんかも知れんのですけど、たっくんがあたしとの結婚をどんぐらい考えてくれてるんかなぁって。あたし、まだそこまで結婚願望あるわけや無いんですけど、一緒に暮らしとって、それも悪ぅ無いなぁて思って」
「分かりました」
世都は3山に分けたタロットカードをまたひと山にし、いちばん上のカードをめくった。
「審判の、逆位置ですね」
これは正位置だと、問題の解決や意識の変革、精神的な成長などを示すのだが。
「お相手さんはまだ、結城さんとのご結婚は考えてはれへんと思いますよ」
逆位置だと結論が出ない、出口が見えない、停滞などを表す。そこから読み取れる山縣さんの気持ちは、世都が言った通りである。
「そうですかぁ……」
結城さんはがっくりと肩を落とす。世には出会ってすぐに結婚を決めるスピード婚もあると時折聞くが、やはり多くはじっくりと相手を見て、知って、決めるものだと思う。山縣さんもそうなのだろう。
「お付き合いと同棲を始めはって、まだ短いでしょ? 焦らんと、これからですよ」
世都が優しく言うと、結城さんはそれでもしょんぼりと「はい……。ありがとうございます」と応え、ワイングラスの中身を飲み干して帰って行った。
誰しも、結婚に慎重になるのは当たり前である。この相手と生涯一緒にいると誓うのだから、相手を見極めるために時間を掛け、目を凝らすのは当然だ。
今は昔と違い、離婚もしやすくなっていると聞く。それでもそれは途方も無いエネルギーを使い、消耗すると聞く。ふんぎりだって余程の理由が無いとなかなか付かないだろう。
結婚はメリットもデメリットもあり、一種のリスクでもあると世都は思っている。後ろ向きだと思われるかも知れないが、どうしてもプラスイメージだけを持ってはいられないのだ。
そんな自分を損やな、面倒やな、と思うこともあるが、世都自身現状結婚願望がまるで無いので、無関係だと振舞っていられるのである。
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