第5話 ちりめんじゃこが爆ぜるとき
9月に入った。
今日の開店前の占い結果は「ペンタクルの2の正位置」だった。臨機応変や柔軟性などの意味を持つ。何かトラブルでも起こるのだろうか。正位置でも悪い意味は含まれていて、その場しのぎや適当など。
「……あんま、良うないかな?」
「ん、気を付けよ」
調和などの意味もあって良い結果なはずなのに、どうにも嫌な予感が
18時半ごろになって
「こんばんは。あの、この前はすいませんでした。うっかりしてました」
入るなりそう頭を下げるので、世都は前回来られたときのことだろうかと思い至る。
「私、この前来たとき、何も飲まんと帰ってしもて。喋るだけ喋って、あまりにも失礼やったと思って」
結城さんは申し訳無さげに目を伏せる。どうやら深く反省している様だ。
世都はあまり気にしていない。驚きはしたし
「大丈夫ですよ。またご注文いただけたら」
すると結城さんはほっとした様に表情を緩ませた。
「ほんまにありがとうございます……!」
そう言って深く頭を下げた。そして顔を上げたとき、気持ちを切り替えたのかその表情は嬉しそうな笑顔に満ちている。良いことがありました、まるでそう言っている様だ。
「あの、今日はもちろんちゃんと注文しますから、またお話と、あと、占い、お願いしてええですか?」
「ええ、ええですよ。まずはお掛けくださいね」
「ありがとうございます」
そう言って結城さんはカウンタ席に腰を降ろす。まだ早い時間帯なのでお客さまはぽつぽつといる程度。席は自由に選べるので、結城さんは占いのことを見越してか奥の席に座った。世都は冷たいおしぼりを渡す。
「あの、お食事もしたいんですけど、合うスパークリングってありますか?」
「それでしたら、
上善如水スパークリングは、新潟県の
「ほな、それお願いします。それと」
結城さんは1枚もののおしながきをぺらりと眺めた。
「鶏の照り焼きと、ちりめんじゃこの温サラダください」
「はい。お待ちくださいね」
上善如水スパークリングをワイングラスで出すのは
世都はまずちりめんじゃこのサラダから取り掛かる。小さなフライパンを火に掛け、少し多めのごま油を温める。
その間にもうひとつフライパンを出し、米油を温めて鳥もも肉を皮目から置いた。続けて器に千切ったサニーレタスをこんもりと盛り付けておく。
フライパンにちりめんじゃこをじゅわぁっと入れて、ちりちりと素揚げにする。火を落としてポン酢を入れたらさっと混ぜて、それをレタスに掛けた。
「はい、ちりめんじゃこの温サラダです。照り焼きもう少しお待ちくださいね」
「ありがとうございます」
結城さんはさっそく温サラダをお
熱いごま油とポン酢、ちりめんじゃこを掛けることでサニーレタスがしんなりとなり、たくさん食べることができる。香ばしいごま油のオイリーさをポン酢が中和し、かりかりのちりめんじゃこが全体の風味を高めるのだ。
鶏の照り焼きのたれは、日本酒とお砂糖、お醤油と蜂蜜を合わせたものである。みりんを使うレシピも多いが、お肉を固くしてしまうので「はなやぎ」では使わない。蜂蜜でも充分良い照りが出るのだ。
そして焼き上がった照り焼きを包丁で切り分けて、大葉を敷いた角皿に盛り付けた。
こうしてお料理を整える時間は、心が落ち着く。ゆっくりとゆっくりと、穏やかに心が
世都にだって心がささくれ立つときがある。だがそれを救ってくれたのがお料理だった。これまで何年もの間お料理に携わって来て、それだけは変わらないのだ。
だがひと段落着いたら結城さんを占うことになる。それに世都は心をざわつかせるのだった。
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