第14話 輝光

 ずっしりと、重みを感じさせる水色の魔物と、その魔物の頭上を我関せずの面で優雅に飛び回っている紅梅色の魔物。

 リリアとルルドロスの安否は確認出来ていない。変異スライムの巨体に押し潰されているのかもしれないし、衝撃波で飛ばされているのかもしれない。


 どちらにせよ、一行を代表する勇者はたった一人で、この化け物二体を相手しなければならない。


「....よぉ、デブスライム。元気そうで残念だよ」


 アヤミチは、剣を丁寧に鞘にしまい、身体の震えを隠すように変異スライムに嫌味たっぷりに話しかける。当然、変異スライムからの返答は無く、ただそこに威厳を放って佇んでいるだけだ。


 アヤミチは腰に下げている鞘に手を添え、まだ少し焦りの残る瞳で、目の前の巨体をしっかりと捉える。


「────ッ!!!」


 変異スライムの頭上からの、甲高い叫び声を合図に、アヤミチは足に力を集中させ、地面を蹴って変異スライムの後ろ側に向かうように戦場を駆け回る。

 変異スライムは、アヤミチの動きを目にするや否や、森の木々とクルシマラを巻き込んで大きく跳び上がり、戦場全体に強風を吹かせる。

 アヤミチは、その風力の強さに身体をよろけさせるも、体幹を活かして何とか姿勢を持ち直す。


 アヤミチを中心にして周りが真夜中になったように暗く陰り、変異スライムの影が出来ていない場所を目印にしてひたすらに突き進む。


「間に合えぇぇええ!!」


 変異スライムが地面に激突する前に、アヤミチは太陽光が差し込む場所に飛び込み、間一髪で避け切ったが、周りに再び起こる激しい衝撃波により、戦場から追い出されそうになる。

 アヤミチは、寸前に飛び込んで姿勢が低くなっていたためにあまり影響は受けなかったが、戦場周辺に生えている巨木が激しく揺れ、大きな葉が辺りに飛び散る光景を見ればその威力は歴然だ。


「俺のターンだぜスラカス───」


 アヤミチは、まだ抑え切れていない怯えを見せないため、威勢よく声を張り上げて初期装備の簡素な剣の柄を握り、抜刀ならぬ抜剣を繰り出そうとする。

 しかし、巨体に似合った鈍い動きの変異スライムが出すはずのない、森中の静かな空気を切り裂く音が空間を伝って耳まで届き、アヤミチは反射的に身を翻して横方向に身体を動かす。


「痛ッッ!!」


 だが、音を聴いてからの行動では遅すぎた。


 アヤミチは、突然地面に起こった爆発に巻き込まれ、身体を大きく吹き飛ばされる。爆散した無数の土の粒が肌に突き刺さり、更に吹き飛ばされた身体が、受け身も取れずに巨木に激突し、その身体の髄まで響く鈍痛に顔を歪める。


「──お前も戦うのかよ....!!」


 アヤミチが恨めしげに、苦痛を飛ばすように、冷や汗を頬に一筋流しながら睨む先には、紅梅色の、もう一体の魔物が抉られた地面に突き刺さっていた。

 紅梅色の化け物は、アヤミチの背中を中心にして身体が大きく脈打つように感じる不快な痛みなんて知らぬ顔で、芋虫のような身体を色んな方向にうねったり捻ったりして、地面から抜け出そうとしている。


(骨は砕けてないどころか折れてすらない....。異世界だからか?それとも、これも主人公補正の能力なのか....?)


 "主人公補正"という扱いの難しい能力に眉間に皺を寄せながらも、アヤミチはスズからの説明を元に勝手に主人公補正のおかげと結論付ける。




※※※※※※※※※


『....我の従者スズよ、出でよ.....!!』


 王城イアーシーズの無駄に広い客室で、アヤミチは一人で従者(仮)を呼び出す。右目を隠すように手で軽く覆い、黒い瞳をキリッと決まらせる。

 勿論、この場にアヤミチ以外の人間は誰一人としておらず、ルルドロスはリリアに魔法の指南を受けに鍛錬場へ行っているので、ゲームが出来ないことによって溜まっていたストレスを安心して解放できる。


『──語尾で恥ずかしさを捨てきれてないから0点だな!勇者アヤミチ!』


『せめて30、40は欲しいなぁ!?』


 アヤミチの精一杯の演技に苦言を呈しながら登場したスズに、自分なりに頑張ったアヤミチは図々しく点数を強請る。


『スズ。主人公補正って、どんな性能をしてんだ?』


 アヤミチは、先程の恥辱を拭うように咳払いをすると、周りを飛び回るスズに素朴な、かといってどうでも良くは無い質問をする。


『....性能か〜。そうだなぁ、前の男は能力さえあれば絶対に負けないって言ってたぞ!』


『前の男て...元カレみたいな言い方すんな。絶対に負けない、か。他はなんか言ってなかったのか?』


 アヤミチは、スズの言い草にツッコミを入れつつ、主人公補正を授かったのは自分だけではなかったという事実に驚きを隠せない。

 アヤミチだけの為に用意された特別な能力だとばかり思っていたのだが、もしかしたらこの世界では至って普通の能力だったりするのかもしれない。


『....何って言ってたっけなぁ。忘れちまった!ただ...あいつはずーっと光ってるように見えたのは覚えてるぞ!』


 返って謎が深まった主人公補正に、アヤミチは眉間に皺を寄せて何とも言えない表情を見せる。スズはアヤミチの周りを光の軌跡を残しながら飛び回っており、アヤミチの苦悩なぞ微塵も気にしていないようだった。


『なぁ、その男ってのは───』


 アヤミチは、スズの言うもう一人の主人公補正持ちの男に関する情報を聞き出そうとするが、それは突然客室の扉が開かれた音によって半強制的に中断された。


『ごめんね、お話し中だったかな?』


 客室の扉の向こう側から顔を覗かせたのは、誰が見ても美形と認める整えられた顔付きの人物──ルルドロスであった。ルルドロスは申し訳なさそうにアヤミチとスズに話しかけ、こちらへ歩み寄る。


『おうおう剣士ルルドロス!なんか用かぁ?』


 アヤミチがルルドロスに話しかけようと口を開き、声を掛けようとするが、その前にスズがルルドロスに話しかけにいく。スズはアヤミチから離れてルルドロスの周りを元気よく飛び回り、ルルドロスはそんなスズの様子に静かに微笑んでいる。


『リリアがアヤミチを呼んでいてね。少し借りてもいいかい?』


 ルルドロスは、自身の周りを飛び回るスズを、まるで小鳥を手懐けるように指にスズを停めさせ、その美青年の微笑みをスズに向ける。


『女子からお呼ばれだぞ勇者アヤミチ!早く早急に神速で行ってこいよ!』


『お呼ばれって使い所が違ぇし神速で行けねぇし.....』


 スズは、アヤミチの背中を丸い頭蓋骨で軽く小突き、アヤミチに早く向かうように促す。

 その様子を、剣士ルルドロスは、より一層の笑みを浮かべて静観していたのだった。


※※※※※※※※※

「出でよスズーー!!!」


 場面は戻り、二体の化け物を目の前にしてアヤミチは自身の従者(仮)の名を呼ぶ。二体の魔物は、アヤミチの叫び声をものともしない。どうやら、アヤミチが動かない限りは攻撃を仕掛けてこないようだ。


「──おぉ!今度はちゃんっと恥じらいを捨ててたな!」


「喜べねぇ評価!」


 スズは、アヤミチの呼び掛けに呼応して何も無い空間から飛び出るも、その第一声にアヤミチはスズを怒鳴りつける。

 何故この状況でスズを呼び出したのか。一人は寂しいというのも無くはないが、アヤミチにはどうしても確認したいことがあったのだ。


「スズ!俺は今、光ってるか!?」


 アヤミチは、剣の柄を力いっぱいに握り、いつでも攻撃を仕掛けられる体勢を整えながら、スズに声を張り上げて自身の光具合を尋ねる。


「そりゃ勇者アヤミチの性格が光ってるかどうかってことか!?」


「物理的にだよ!いや物理なのか.....?」


 アヤミチは、こんな状況でもおふざけ全開のスズにツッコミを入れるも、良く考えてみれば物理的に身体が光って見えるなんて事も相当おかしい。スズの思考が読み取れず、アヤミチは心の中で頭を抱える。


「お前ってまじでどんな思考してんだよ...」


「言わせてもらうが勇者アヤミチ!当方に脳は無い!なぜなら骸骨だから、だ!」


 アヤミチの独り言のような呟きに、スズは無いはずの胸を張ってドヤ顔で答える。アヤミチは軽くため息を吐き、スズの雰囲気に振り回されまいと頭を搔く。


「で?さっきの質問の答えは。」


 アヤミチは、極めて冷静にスズに問いかけ、おふざけの時間の終了の合図を出す。それに対してスズはアヤミチの身体の周りを一周し、アヤミチの眼前まで来る。


「おう!──ピッカピカのツルッツルだぜ!!」


 余計な一言もあるが、望み通りの、予想よりも良い答えが得られて、アヤミチは口角を上げて薄く微笑む。スズはアヤミチの問いかけに答えた後、一瞬にしてその場から何事も無かったかのように消えてしまった。


「主人公補正は発動中.....加えてルルと熱血チビもいねぇ。となると───」


 アヤミチは、これみよがしに巨体を震わせる変異スライムに好戦的な笑みを向ける。片手で剣を勢いよく引き抜き、刃を変異スライムに突きつけるように向ける。


 アヤミチが片手で握っている剣には、不思議と重量を感じなく──否、主人公補正の濃化によって、アヤミチ自身の基本能力が格段に上がっているのである。

 勇者は、森と同化するように静かに呼吸を整え、膝を低く曲げて重心を保ちながら、太陽光の反射で美しく輝く鋼に自身の顔を反射させる。


「もう一回言うぜデブスライム。──俺の初経験値になりやがれ.....!!」


 アヤミチはそう言うと、戦場を駆けて変異スライムの元まで一気に近付こうと、自慢の足に力を入れ、地を蹴ろうとする。



 しかし、アヤミチのその行動は、突如として訪れた、空間ごと変異スライムを大きく切り裂く剣波と、その剣波によって、空気をも無惨に切り捨てるような鋭く耳を貫く音によって防げられた。


「───はぁ!!?」


 アヤミチは、その突然の出来事に思わず悲鳴のような声を上げる。その驚愕は変異スライムも同じで、唐突にその巨体を斜め一文字に斬られたために、再生が出来ていないようだ。

 変異スライムの巨体に一振の剣波で致命傷を与えたその人物は───


「ごめんアヤミチ。少し、到着が遅れた。」


 驚きによって口を大きく開け、唖然とするアヤミチの前に剣を片手に持ちながら青髪の美青年がどこからとも無く現れる。


「.....ルル!!」


 緑色の双眸に、腰に豪華な模様の入った剣を携えたその人物──ルルドロスは、申し訳なさそうに頭を下げる。背後に、ルルドロスの斬撃によって苦悶の表情を浮かべる変異スライムを添えて。

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