第10話 幸せの象徴

「....マグナス、これ以上の狼藉は──」


 ハイナは、隣の玉座に座るマグナスに鋭い視線を突きつける。辺り一面に重苦しい空気が充満する。


「許されない、だろう?分かっておる、少し彼らを試しただけだ」


 マグナスは、怖気付くことなく少し抑揚の付いた声でアヤミチとルルドロスを交互に見つめながらハイナを制する。


「良かろう、貴殿を勇者として承認する。このエリドールに、安らかな平和を」


 アヤミチは、先程と打って変わって身体が軽くなり、首筋にこびり付いていた冷や汗も治まった。

 これが、マグナスがアヤミチにかけていた魔法を解除したからなのか、アヤミチの主人公補正によるものなのかは、本人にも見当が付かなかった。


「謁見は終わりだ。明日、再び王城へ来るが良い」


 マグナスは玉座の背もたれに寄りかかり、アヤミチとルルドロスに退室するよう言葉をかける。アヤミチは、ルルドロスと共に覚束無い足取りで部屋を退室し、前代未聞の謁見は幕を閉じた。


 ​───────────────────────

 謁見を終え、再び王都の広場へと戻る。流石に先程までの活性は無く、広場に立ち並んでいる幾つかのランプが白い光を放っているだけで、辺りには薄暗く静寂な空気が満ち満ちていた。


「もう22時を過ぎてるのかな...ちょっとだけお腹が減ってたんだけど、残念だ」


 ルルドロスは、布越しに腹をさすり、肩を落として落胆する様子を見せる。


(....時間の概念はあるのか)


 屋台に並んでいる既視感のある食べ物といい、時間の概念といい、見た所、この世界は現実世界と同じ様な要素が幾つか導入されているらしい。加えて、言語は現実世界と同じ日本語であるため、この世界はかなり良心的だ。


「寝床探さないとな、流石に野宿は抵抗があるぞって....お?」


 アヤミチは空腹なルルドロスを横目に周りを見回し、宿屋など無いか確認する。

 ふと、アヤミチは自身の真横の明かりが殆ど届いていない、真っ暗な場所に目をやる。その真っ暗な場所には、いくつかの木箱や黒色と思われる長帽子、ステッキなど、マジックに使うような小道具と、それらを音を一切立てずに黙々と片付けている、一人の少女がいた。


「ん...?──あぅっ」


 少女は、アヤミチとルルドロスの二人に凝視されている事に気付き、小さな声を漏らして身体を縮こませた。

 少女が握っていたステッキは、少女が驚きによって手を離してしまった事により、その華奢な手から滑り、硬い石畳の上に乾いた音を立てて落ちた。

 少女の手から落ちた黒色のステッキは、アヤミチ達の足元まで転がり、ルルドロスの靴に軽くぶつかってようやく動きを止めた。


 ルルドロスは、身をかがめてステッキを拾い、おろおろと慌てる少女に口元を綻ばせて静かに微笑んだ。


「あ、ありがとう...ございます....」


 少女は、ルルドロスの目の前まで小走りで近付き、ルルドロスからステッキを受け取ると、小さな身体で頭を下げてお礼をする。


「....おや?アヤミチ、この子、さっきの女の子じゃないかい?」


 少女が顔を上げると、ルルドロスはアヤミチに視線を向けて話を振る。

 アヤミチが少女を見ると、確かにルルドロスの言う通り、謁見前に広場で見たマジシャンと瓜二つ──と言うか、同一人物であった。


 紫色のショートヘア、水色の瞳には、右目には薄紫色、左目には黒色のハートマークが浮かんでおり、両手に薄手の黒い手袋をしている。アヤミチより一回り身長が低く、更に顔が整っており、こんな女性は滅多にいないので、自然と記憶に保存されていたのだ。

 昼の広場で、民衆の前でマジックを披露していた時は美しく、輝いて見えたのだが、今のオロオロと狼狽した姿を見ると、美しさよりも可愛さの方が勝ってしまう。


「も、門限がもうすぐなので、片付けをしていた所なんです....」


 少女は、柔らかで透き通るような声で言葉を発し、自身の胸の前でステッキを力強く握りしめる。

 少女の声は、清らかで透明感があり、声を聞いた者を優しく包み込むような心地良さがあった。


「そうだったんだ。ところで一つ、聞いてもいいかい?」


「は、はい!何でも答えますし何でもしますとも!」


 ルルドロスの穏やかな口調に対して少女は、一時期早口で有名だったアヤミチでもビックリの見事な早口を披露して見せた。その異常に早い喋る速度の割に全く噛まず、言葉もしっかり聞き取れるため、アヤミチは心の中でひっそり少女へ拍手を贈った。


「近くに、宿屋とかあったりしないかな?」


 ルルドロスも少女の早口に感心しながら、穏やかな口調で少女に質問をする。アヤミチはと言うと、話に入る訳でもなく、後ろ手を組みながら、ただその様子を傍観しているだけであった。


「えっ...とですね、そこを左に向かって───」


 アヤミチとルルドロスは、二人してこの少女の存在に心から感謝したのだった。


───────​───────​─────────

 翌日の早朝、王城に続く石畳の登り坂にて。


「──お前寝相悪すぎんだよ!!」


 王城の敷地内に入るための門を通過し、アヤミチは開口一番、しゃがれた声でルルドロスに悪態を吐く。元々くせっ毛のある髪質だが、寝起きに加えて髪のセットすらもしていないため、かなりの有様になっている。


「いやぁごめんごめん。昔から寝相悪くてさ」


 ルルドロスは、後頭部に手を当てながらヘラヘラと笑ってアヤミチに謝罪する。アヤミチ達が泊まったのは和風な宿屋で、和室には二人分の布団となけなしの和菓子のみだった。

 アヤミチは、現実世界で慣れていたので、布団を敷いてすぐに心身共に疲労回復しようとした。

 だが、ルルドロスの寝相の悪さのせいで、アヤミチはあまり良い眠りに着けなかったのだ。その事に対する怒りで、アヤミチは今朝から機嫌が悪い。


「で、今日は新しいお仲間とご対面だっけ?」


 アヤミチは、話題を変えて今日の予定について話す。どうやら、ルルドロスは事前に王都での予定をハイナから聞かされていたようで、その予定の中には勇者パーティに入りたいという人物との対面があったらしい。アヤミチとの出会いは完全に予定外だったが、予定内の勇者パーティに入る人物にはマグナスから話をしておくのだそうだ。


「そう。マグナス様の養子でもありマグナス様の首を狙った危険人物でもある....らしい」


 突然のルルドロスの衝撃発言に、聞き流していたアヤミチは少し理解が遅れる。


「...はぁ!?超危険人物じゃねぇか!俺、殺されないよな!!?」


 しばらく経って、ようやく頭で理解したアヤミチは、口を大きく開けて怒鳴るようにルルドロスの発言に突っ込む。


「はっはっは 大丈夫さ、相手は16歳の女の子だよ?」


「だから何だよ!危険人物に変わりねぇ!....えっ未成年で人殺そうとしたの!?」


 安心するどころか、相手に対する不審感は一向に強まっていくばかりだ。

 未成年での殺人未遂、そして不思議なことに殺人未遂が起こった後にその女子はマグナスの養子となっているのだそう。


(普通逆じゃねぇか?)


 義理の両親に対する嫌気などから義理の親を殺害しようとするのは、現実世界でも稀に起こることだ。だが、逆のパターンは聞いたことがない。

 今から仲間に入るのであろう女子の過去は、正直大まかな内容で満腹なのだが、問題はその女子が仲間に入ることである。

 冒険に出る前に殺されて異世界生活終了、なんて最悪な事にならないだろうか。


「そんな顔しないでも、大丈夫だよ。マグナス様の養子だよ?」


「尚更、何だよなぁ....」


 ハイナの養子ならまだしも、義理の親はマグナスと来た。不審感を募らせるには十分過ぎる条件だろう。


「....まあ、会ってみなきゃ分かんないか」


 アヤミチは、自分の中で無理やり結論づけ、王城への登り坂を息をあがらせながら、ルルドロスと共に歩んでいった。

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