第9話 新しい勇者

 王城イアーシーズ最上階、【謁見の間】


 王城から伸びる塔の最上階。円形の大部屋で、円を描くように白い柱が何本も等間隔で建てられている。城壁や天井のようなものは殆ど無く、柱と柱の間から見える夜景は、何処か惹き込まれるものがあった。


 部屋の中央に向かって敷かれている赤い絨毯の終着点には、玉座が二つ、その周りに大規模な装飾が施されていた。

 照明など、部屋を明るく照らすものが無いにも関わらず、謁見の間は眩しい程に明るく照らされていた。


 玉座の前、赤い絨毯の上にアヤミチとルルドロスは頭を低く下げながら、静かに玉座の前に跪いていた。


 玉座には、二人の人物が座って沈黙の空気を守っていた。アヤミチとルルドロスの二人が跪いている様子を、穏やかな目で見守っているハイナと、壮厳な目つきで、品定めする様に二人を見つめる男。その男は、深い青色の瞳を持ち、短めに整えられた白髪で、何とも威厳のある風格だ。


 四者共、一切言葉を発すること無く、緊張の空気は徐々に徐々に辺りを満たしていく。

 緊張の限界に達したアヤミチの首元から、一滴の汗が赤い絨毯の上に、滑るようにして落ちた。


「──謁見を始める。姿勢を崩すが良い」


 ハイナの隣で玉座に座っている、厳格な雰囲気を纏った人物は、自ら先んじて沈黙の空気を一気に、張り詰めるような緊張の空気へと変貌させた。


 その男の言葉を聞いて、アヤミチとルルドロスは、驚くほど正確に、一瞬たりともタイミングをずらさず、同時に頭を上げた。


「王都に危機を及ぼす存在を淘汰すべく自ら手を挙げ、不退転の精神を持つ者。....勇者。」


 男は、目を細めてアヤミチとルルドロスを交互に見つめ、訝しげな視線を送る。


「勇者ルルドロスよ。隣にいる若者は用人か?まさか、剣士と言うのではあるまいな」


 突然、話題の針を向けられたアヤミチは、極度の緊張によって冷や汗が出るばかりで、まともに言い返すことが出来なかった。


「マグナス。少々やり過ぎでは───」


「お言葉ですが、マグナス様」


 危機感を感じ取ったのか、ハイナが視線を鋭くしてマグナス、と呼ばれた男を制止しようとする。だが、ルルドロスがハイナの言葉を遮り、決して声を張り上げる事無く、マグナスに向かって反論を開始する。怒鳴りはしないが、ルルドロスの静かな声音には、確かな怒りが孕んでいた。


「私が彼と出会った時。彼は、変異スライムを単独で討とうと剣を片手に握りしめていました」


 ルルドロスは、緑色に光る左右の瞳をマグナスに向け、威嚇するように視線を鋭くする。

 だが、彼の足は直近にいるアヤミチでやっと気付く程微妙に震えており、その様子は、彼の恐怖心とそれに打ち勝つ程の勇気を証明していた。


 一方、マグナスの方はというと、彼は少しだけ口角を上げ、まるでこの状況を楽しむかのようにルルドロスの言葉を静かに聞いていた。


「だが、例のスライムの討伐報告は挙がっていない。倒せなかったのだろう?ならば.....」


 マグナスは、ルルドロスを煽るかのように、囃し立てるような口振りで、ルルドロスの言葉を最後まで聞かずに反論をする。

 ルルドロスは、この言葉を待っていたかの如く、口元に薄い笑みを浮かべ、マグナスの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「彼は、僕が助けに入るまで、決して諦めずに変異スライムに挑んでいたのです。これが、不退転の意志と言わず、何と言うのでしょう?」


 ルルドロスは、マグナスへ向けて意趣返しの様に含みのある口調で反論を完了させる。ハイナは、何故か誇らしげな顔をし、アヤミチはルルドロスに驚愕の表情を向け、マグナスは声は出さずとも、完全にこの場を楽しんでいる事が表情から分かる。

 顔は相変わらず厳格な雰囲気を漂わせているが、先程と比べて優しさが現れている。


「....その者が不退転の意志を持っている事は理解した。だが、それではルルドロスは面目潰れという事になるぞ?」


 ルルドロスは、膝に着いていた腕を放し、アヤミチの方へと手を向ける。

 アヤミチは、汗で視界が濁った状態でよく見えなかったが、ルルドロスは確かに"勇者"そのものの、森の中でアヤミチを救った時と同じ表情をアヤミチに向けていた。


「私は──僕は、勇者には相応しくありません。代わりと言っては何ですが.....彼、アヤミチが勇者となります」


 目を見開いて驚くハイナとマグナス。アヤミチも同じくルルドロスに驚きの目を向けるが、ルルドロスはニコッと笑いかけるだけだった。


「何ともまあ、とんでもない事を口にするものよな。勇者アヤミチよ、何か言いたげな顔だな?」


 マグナスは、ルルドロスの発言に度肝を抜かれつつも、今度はアヤミチを標的にしたのか、アヤミチに間接的に喋れと命令を下す。



──度を超えている。


 一人の人間を目の前にして、これ程の緊張を味わうだろうか。背筋が凍り、男の一つ一つの言葉が直接脳を揺らしてくる様な、嫌な感覚だ。

 異常な発汗量、金縛りのように動かない身体、全身の毛がよだつ程に感じる威圧。体に起こっている異常はそれだけではない。


 不思議と、頭がよく回る。


 この言葉にどう返せばいいのか、どう立ち回れば良いか。まるで、かのように、脳内に次々と考えが浮かんでくる。


「ちょっと...アヤミチ?」


 アヤミチは、赤い絨毯に思いっきり手のひらを叩きつける。右手に柔らかい毛の感触を味わいながら、アヤミチは右手に体重を乗せてその場に立ち上がる。

 ルルドロス含む、部屋にいる全員が突然のアヤミチの行動に衝撃を受けるが、マグナスだけは、アヤミチの行動に口角を上げて一人笑っていた。


 静まり返る部屋で、アヤミチはマグナスに向けて汗で湿った指を差し、ある結論をぶつける。


「....魔法、解けよ」


 アヤミチがそう発言した直後、マグナスは耐えきれなくなったように獰猛な笑いを部屋中に響かせた。

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