第7話 王都エリドール

「ほーん、あのスライムが中ボスなわけね....どうりで強いわけだ」


 王都への道のりを歩んでいる間、アヤミチは隣を歩いている高身長イケメンのルルドロスからこの世界について基本情報を教わっている。


 まず、アヤミチ達が向かっている王都はこの世界の中心に位置するらしい。アヤミチの認識では最南端からスタートすると勝手に思い込んでいたため、この情報には地味に目からウロコだ。


 そんな世界の中心に位置する王都付近、南に位置する"ファーズ樹林"。ここは、アヤミチが先程例の巨大スライムと出会った場所である。どうやらあのスライムは【変異スライム】という個体らしく、原理は分からないが他のモンスターよりも圧倒的に強い、いわゆる中ボス的な存在らしい。


「ボスに中も大も無いと思うけど....まあそんな感じだよ」


 ルルドロスはアヤミチの発言にそう返すと、頬を人差し指で掻いて苦笑いを浮かべて少し戸惑う。どうやらこの世界では、ボスという言葉は存在するものの、中ボスやラスボスといった使い方はしないようだ。


「話を戻すよ。変異スライムの他にもう一体、【クルシマラ】というモンスターもいる。アヤミチは会わなかったかい?」


「多分会ってないと思うけど....どんな見た目なんだ?その、クルマシラ?」


 ルルドロスの発言に、アヤミチは再び驚きの表情を見せる。巨大スライムの他に、もう一体ボスがいたとはアヤミチは考えもしなかった。


「クルシマラ、ね。う〜ん...肉を長く引き伸ばしてそこに顔と足を付けたような...とにかく不気味な見た目らしい」


 ルルドロスの、噂のクルシマラの表現の仕方に、アヤミチは露骨に嫌な顔をする。


「うへぇ...」


 勇者になると言うのであれば、恐らくクルシマラとの戦闘は強制イベントになるだろう。正直、肉を長く引き伸ばして、という表現だけで既に戦意は削がれていた。


「それで、次は王都より西の地方に生息する──」


 ルルドロスは、アヤミチの肩を落として明らかに落胆したような、気分が澱んでいるような仕草を見て、手で口を隠して薄く笑う。そして、話に一段落ついた所で、緑色の双眸をアヤミチに向け、次の話へと話題を切り替える。



 ルルが説明した、この世界のおおまかな情報はこうだ。


・王都より南に位置する"ファーズ樹林"

【変異スライム】【クルシマラ】の二体のボス的存在。それぞれ特性を持っているのだが、ルルも詳しいことは知らないのだそう。


・王都より東に位置するエルフの村【エヌナシ村】

 村の意向によって王都からの調査は進んでおらず、正確な位置のみが分かっている。


・王都より西に生息する【イイガミサマ】

 変異スライムやクルシマラと同じくボス的存在。字面だけ見ると良い神様と取れて温厚な神様なのかと思いきや、自身の領域に入ってきた者を容赦なく殺したり、理不尽に村を荒らしたりと、ただのイヤな奴らしい。名前詐欺だろ、とどうしても思ってしまう。


・王都より北で活動している【魔王軍】

 王都より北の荒地で活動しているとされる魔王軍。近年、その被害は耳が痛くなるほど聞いているらしい。そんな魔王軍だが、一切の情報がなく、魔王軍から被害を受けた被害者の話のみを頼りにしているため、そもそも存在するかもハッキリと分かっていないらしい。



「全部都市伝説感が否めないところだが....異世界ってもっとこう、設定ちゃんとしてるもんじゃないのか!?」


 正直、世界の中心である王都が掴んでいる情報にしては、かなり心細い感じがする。ルルドロスはあまり詳しくないと言っていたが、王都に行けばもう少し詳しい情報を聞けるのだろうか。


「とか言ってるうちに、着いたな」


 アヤミチが軽い悪態を付いてるうちに、体の何倍もある程大きな門が目の前に見える距離まで着いた。白く滑らかな壁で、見たところ王都全体がこの門で囲まれているようだった。現実世界の少し金持ちの家の門とは比べ物にならないぐらいの大きな門には、兵士のような格好をしている二人組が門番をしているようだ。二人とも甲冑に似たものを被っており、顔はよく見えないため、同一人物のように見える。


「旅人でいらっしゃいますか?どのような目的か、お聞かせ願います」「願います」


 片方の門番が透き通るような声音でアヤミチ達に声をかけ、止まらせると、もう片方の門番も語尾だけを口にする。声質的に、この二人の門番は女性だろうか。


「天秤の結からの推薦で訪れました、ルルドロスです。」


 アヤミチは、ルルドロスの後ろで腕を組んで強者感を出していると、いきなり知らない単語が出てきたので頭の中にはてなマークを思い浮かべる。

 ルルドロスは手のひらを宙に向けるように裏返すと、突如として手のひらから紙のようなものが出てくる。その様子を見て、アヤミチはまたも、口を開いて呆けた表情を見せる。

 二人の門番は、カチカチと鉄がぶつかり合う音を鳴らしながらルルドロスの元へ駆け寄り、ルルドロスの手元にある紙切れを確認すると、頭を縦に振って門を通る許可を出す。


「こちらの方は....」


 アヤミチは偉そうに腕を組んだまま門を通ろうとするも、二人の門番に行く手を阻まれ、アヤミチの動きは時が静止したように止まり、焦っている表情をしている顔だけをルルドロスの方へと向ける。


「僕の仲間です。通してあげてください」


 門番はアヤミチに軽く頭を下げ、即座に道を空ける。アヤミチが安堵したように嘆息すると、ルルドロスはアヤミチの肩に手を置き、アヤミチの隣に来て共に歩こうとする。


「さ、行こう、アヤミチ」


「お、おう」


 アヤミチはルルドロスに爽やかな顔で笑いかけられ、曖昧な返事をしてからゆっくりと歩き出す。


​───────​────────────────

「で?勇者になるにはどこに行けばいいんだ?」


 王都の門を通り、少し歩いた場所にある広場にて、屋台で買った綿菓子を片手に、もう片手に何の肉かは分からないが、焼肉串を持って観光気分のアヤミチは、綿菓子を口にしながらルルドロスに尋ねる。ちなみに綿菓子も焼肉串も、ルルドロスの奢りだ。


「もちろん、あの大きな城に行くんだよ」


 ルルドロスは、遠くに見える大きな西洋風の、異世界ならではの城を指差し、アヤミチに返答をする。そんな彼の片手には、二本の焼肉串があった。


(これわたあめか...?めっちゃ美味いな)


 アヤミチは綿菓子を口の中で溶かしながら、口角を上げて満足気に微笑む。屋台を見て回ったのだが、一つ気になる点があった。全ての屋台や店などの看板に書いてある文字が、明らかに日本語の平仮名だったのだ。


(これも主人公補正の力ってことなのか)


 少し違和感を感じたが、自身のチートなのかそうじゃないのかよく分からない能力で、無理やり自己完結する。


 広場には、多くの人間と思しき人物や、頭から角が生えている者や、身長2mを超えているような者がそこら中にいて、かなり賑やかだ。


「──さぁさぁお立ち寄り!ここにありますは種も仕掛けもない黒い箱!通称ブラックボックスでございます!」


 城に向かって歩いていると、横方向から何やら元気そうな大きい女性の声が聴こえた。アヤミチはその女性の声に反応して横を振り返ると、まだ年齢も若いであろう女性が片手に黒く大きい箱を持ち、もう片方の手に持っているマジシャンが持っているようなステッキで黒い箱をコンコンと軽く叩いている。紫色が基調のショートヘアで、所々白いインナーが施されている。

 どうやら、この異世界にもマジックという文化はあるようだ。


「見ていくかい?」


 正直、異世界のマジックというものにも興味があったし、何よりもマジシャンの女性がかなり可愛かったので、マジックを見たいところだが、ここはルルドロスの本心を読み取り、身を引くべきだろう。


「...いや、早いとこ城に向かおうぜ」


 ルルドロスは「そっか」とだけ返し、再び歩みを進める。アヤミチは選択を間違ってしまったかと焦ったが、焼肉串を頬張って乙女のような笑みを見せるルルドロスを目撃して、そんな考えは消え去った。


 そして、二人は城へ向かう道中で寄り道を何度も繰り返し、結局城へ着いたのは夕日が見え始めた頃となった。

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