第6話 貴方から僕へ、勇気を出した一言

「──おぉ、怪我が無くなってやがる....」


 アヤミチはあの広さもモンスターも大きい森林を抜け、王都へと続く道の端にしゃがんで現役高校生らしい中途半端に筋肉が付いている足を確認し、先程転んだ際に傷ついた足の傷が無くなっていることに驚く。これも、主人公補正の能力というやつなのだろうか。


「...それ、君が言う?」


 アヤミチはチラッと横を見て、顎に手を当ててこちらを心配しているのか困っているのか分からない表情を浮かべている男の存在もついでに確認する。


「俺まだ回復魔法とか習ってねぇし分かんないんだよ.....膝痛ってぇ」


 地面を見ると、さっきまで雑だった土道が、正しく整備された石で構成された道に変わっている。しゃがんだ状態で石道にほぼ全体重を預けている膝が痛みを訴えている。


「そうなのか...でもなにより、怪我は無いようで何よりだよ」


 隣で妙に耳にスっと入るような爽やかな声をした青年がアヤミチの顔の前に手を差し伸べる。アヤミチを危機から救った挙句、そろそろかなり痛くなってきた膝をも救ってくれるらしい。


「これが本物の勇者か...よっと」


 その勇者の善意を一滴も残さず使おうと、アヤミチは青年の手に全体重をかけ、自分はほぼ力を使わずに青年に引き上げられる形で立ち上がる。

 青年は人間一人分の体重をかけられたことに少し困惑するも、すぐに爽やかな顔に戻ってアヤミチに笑いかける。


「ははっ、君は少し変わった人なんだね」


 その言葉を聞いて、アヤミチは適当に曖昧な返事を返す。青年は深い青色の髪を風によって僅かに揺らされ、緑色の瞳を少し細める。アヤミチでも惚れてしまうような、かなりの美形だ。


「そういえば、まだあんたの名前聞いてなかったな」


 アヤミチは石の道を歩きながら青年にそう尋ねる。あの危機的状況を救われ、恩返しも無しじゃ気分が悪い。だが、今の無一文の状態じゃ恩返しなど出来ないので、せめて名前を聞こうと思ったのだ。


「【ルルドロス】だ。家名は無いよ。好きに呼んでくれ」


 青年──ルルドロスはそう言うと、アヤミチに軽くウィンクをする。アヤミチはルルドロス、と言う名を頭の中で何回も反響させ、脳に刻み込もうとする。


「じゃあ、ルルだな!よろしくな、ルル」


 アヤミチは、ルルドロスに満面の笑みで笑いかけ、ルルドロスの爽やかな顔を一瞬だけ崩す。そして、ルルドロスは同じく満面の笑みをアヤミチに向け、高揚した声音で言葉を発する。


「うん!よろしく....えっと...?」


 アヤミチはこれを待っていたと言わんばかりに笑みを一層深め、胸を張ってルルドロスを黒い瞳で真正面から見つめる。


「俺はアヤミチだ!家名はない!助けてもらったのに悪いが、今はなんの恩返しもできない!」


 アヤミチは、勢いに任せて声をはりあげて得意の自己紹介をする。ルルドロスは、アヤミチのテンションとは反対に、顎に手を当ててアヤミチの名前を呟くように口にする。


「アヤミチ....うん、いい名前だ」


 アヤミチとルルドロスは互いに自己紹介をした後、太陽に照らされ、靴越しでも熱さを感じる石道をゆっくりと二人で歩き出す。

 談笑を交えながら少し歩いたあと、アヤミチのすぐ側に突然生意気な頭蓋骨が現れる。


「よぉアヤミチ!真っ直ぐにあるのは王都エリドールだぞ!」


「...知ってるわ、この解説botめ」


 最早チュートリアルの案内係なのでは、と疑うほどにこの解説botとなったスズはたまに現れては解説だけをして消えていく。王都についてはルルドロスから聞いている上に、先程森に入る前にスズ本人の口から軽く聞いた。

 アヤミチがスズを一蹴すると、スズは気まずそうに自身の身体をどんどん透けさせて一言も喋らずに消えていく。そろそろ、スズの存在意義が分からなくなってきた。


【王都エリドール】

 この世界の最大規模の街であり、経済、貿易、人材、魔法、全てが最高峰のアヤミチには到底馴染めそうにない場所である。

 王都と言っても、何故か王様はいないらしく、王都に住んでいる市民によって経済は回っているらしい。いわゆる民主制というやつだろうか。


 そんな王都だが、どうやら最近勇者を募っているらしく、ルルドロスはそれを目的に王都へ向かうそうだ。


「てか、ルルは何だって勇者になりたいんだ?」


 不思議そうな顔をしたアヤミチが、ルルドロスにそう問いかけると、ルルドロスは静かに微笑み、アヤミチの問いかけに答える。

 その姿はまるで、"勇者"そのものだった。


「そうだね...少し、長話になるけどいいかい?」


「ああ、大丈夫」


 ルルドロスは懐かしげに穏やかな口調でアヤミチにそう質問をする。王都まではもう少し距離があるので、時間を潰すには丁度いいだろう。


「昔、モンスターに襲われて、いよいよ追い詰められそうになった時に、僕の師匠に助けてもらったんだ」


 ルルドロスは、緑色の瞳を揺らし、虚空を見つめて物思いにふける。アヤミチは黙って話を聞き、顎を引いて話の続きを促す。


「それで、手当てとかしてもらった後、別れ際に『恩返しは、他の困っている者にしてやれ』って髪をくしゃくしゃにされながら言われたんだ。」


「あの時の師匠の勇敢な顔が忘れられなくて...僕もなってみたいなって、そう思ったんだ」


 ルルドロスは自身の過去を話しながら、剣の柄を触ったり頬を掻いたりして少し気恥ずかしそうな様子を見せる。勇者でもこんな素振りを見せるのか、とアヤミチは少し驚く。


「つまりはさ....子供の頃の夢を引きずってるわけだよ。叶うかも分からない夢をさ」


 子供の頃の夢、というものは大抵は大人になっていくにつれて消えていくものだ。アヤミチは、当時の夢など記憶からも消えていて、何を目標に生きていたかも思い出せない。だが、ルルドロスはその子供の夢を今も追い続けて、やっとその夢を叶うチャンスを掴めそうなんだ。

 アヤミチは、心の底から彼を応援したいと思った。


 それと同時に、


「...勇者ってさ、1人じゃ限界があるだろ?」


 ルルドロスの思ったより短かった話が終わったことを確認して、アヤミチは動かしていた足を止める。アヤミチが着いてこなくなったことに気付き、ルルドロスもその場に足を止めて、不思議そうな顔をする。


「うん、まあ...仲間も出来るか分からないし」


 ルルドロスの言葉を聞いて、アヤミチは心の中で"チャンス"が激しく脈を打っていると確かに感じた。アヤミチは自身の胸に手を当て、真剣な顔付きでルルドロスにある提案をする。


「ルルドロス、俺の───」


 アヤミチの真剣な表情で何かを察し、言葉の途中でそれは確信に変わったのか、ルルドロスは口を小さく開いて薄く微笑む。


「俺の、仲間になってくれ!俺も、お前に恩返しがしたいんだ!」



 これは、一人の青年が一から仲間を作って強大な存在に打ち勝つ物語、その第一歩目である。




初得魔法:主人公補正

・基本能力→身体能力強化、補正


・性能①→→"仲間との出会い"

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