第5話 vsスライム

「うおぉ...すっげぇとこに来ちまった....」


 先程の茶番劇の後、スズは疲れたと言って突然自身の体を煙でおおって姿を消してしまった。後々アヤミチが説明を欲する際にスズは出てくるのだそうだが、ただの説明botとなってしまったため、実質的にここから先はアヤミチ1人で向かうこととなる。向かう先は、説明botのスズの指示通り、【王都エリドール】なる場所で、先程遠くに見えた街の事だとアヤミチは踏んでいる。


 そして、その道中で立ち塞がるのはこの巨大な森だ。遠くから見るのと近くで見るのとでは全くサイズ感が違く、恐怖すら感じてしまう。森の中では静寂な空気が広がっており、何本も突っ立っている太い幹の樹木のせいで奥行きが見えない。まるでこの森の中だけ空気が違うように、不思議と空気が澄んでおり、下から見上げる連なる樹木は壮観なものだった。


 とりあえず、スズの話によるとこの森を通らなければ王都へたどり着けないとの事なので、アヤミチは恐る恐る森の中をなるべく音を立てないように進んでいく。

 どうやら森の中は、現実と違って虫が居ないようで、アヤミチは鬱陶しい虫が存在しないことに小さな幸せを噛み締める。現実世界と違うのはそこだけでは無い。

 この世界では、アヤミチは不思議と疲れを感じにくいようだ。先程まで居た場所から王都まではかなりの距離があったので、軽く走ってみたら、何故か体力の減りがかなり遅くなっているのだ。


(これももしかすると主人公補正の能力なのか...?)


 説明botスズの話によると、主人公補正という魔法には何個か性能が備わっているらしく、この疲れにくさももしかしたら主人公補正の性能の内だという可能性がある。なので、意外とこの初得スキルは使い勝手の良い魔法なのかもしれない。


「...お?開けた場所に出たぞ?」


 手入れが施されてなく、伸び放題の植物達を掻き分けてアヤミチは開けた空間に出る。その空間だけ、雑草などの植物は伸びずに、円形に広がっている空間をアヤミチは神々しく思う。植物などの邪魔は無く、他の所と違って葉が避けているため、この空間だけ陽の光が届いていて明るい。

 この、整えられた空間を見て、違和感を覚えない者は極小数だろう。アヤミチには、この空間がとある場所に見えた。それは、バトル系のゲームやアニメなんかでは欠かせない、自分と相手が戦闘を行う場所。



まるで、この空間が戦場のように、アヤミチには見えた。



「...ふっ、来たな」


 前方から葉が揺さぶられる音が辺りに響き、アヤミチは目を瞑って無駄にカッコつけてまるで前から用意されていたようなセリフを口にする。

 この神々しい空間に"主人公補正"を持ったアヤミチの前に現れる勇敢な敵。アヤミチは、目を開き、剣の柄を片手で握り、剣の重さに耐えながらゆっくりと鞘から剣を引き抜く。そして、草むらから出てきた敵に一振お見舞いしてやろうと.....


 草むらから出てきたのは、可愛らしい小さなぶよぶよとしたモンスター、ゲームでいう、スライムだった。


 アヤミチは、口を開いたままそこに棒立ちになり、静かに剣の重さで震える手で剣を鞘に戻す。そして、自身の先程のセリフと溢れ出していた自信を取り消し、近付いてくるスライムに少し警戒しながらもその可愛らしい姿に思わず見とれてしまう。

 

 よくゲーム内では可愛らしい人気のあるモンスターなのに、実写化で凶悪な姿になるなんて事はあるが、このスライムはなんならそこら辺のゲームよりも愛くるしく感じる。


「うぉっ、痛っ、たくない」


 不意に、スライムはアヤミチに決死の抵抗なのか、突進を仕掛ける。だが、そのスライムの攻撃は痛いどころか、ぶよぶよとした感触が気持ち良いとまでアヤミチは感じてしまった。だが、そこでアヤミチはとあるアニメの展開を思い出す。


 このスライムが子供だとしたら、親もいるのでは無いか?


 そう、アニメなどでよくある子供だと思って油断していたら親が登場しちゃいました的なあの展開だ。アヤミチは、ついさっきまで口元が緩むぐらいに愛くるしくて仕方が無かったのに、今はこの小さなスライムが歩く起爆剤にしか見えなくなってしまった。もしも、このスライムを刺激なんてしたら、この後にアヤミチを待つのは、恐らく最悪な未来というやつだ。

 流石に、アヤミチは最序盤のステージで倒れたくは無い。


 アヤミチはスライムから後ずさりをして、颯爽と草むらへ消えるように入り込む。そして、高く伸びた草をかき分けながら進む。しばらく進むと、雑に舗装された森の中の道を見つけ、その道に従ってアヤミチはスライムが追ってきていない事を確認し、歩みを進める。


「.....ぁ?」


 アヤミチが足を踏み込んだ瞬間だった。辺りの木々はざわめき、後ろ方向から何かの音が聞こえる。そして、アヤミチの足元は地響きによって少し揺れ、アヤミチは先程まで考えていた最悪の未来が再び頭の中に蘇る。


 段々と地響きが大きくなっている事に気付き、アヤミチは後ろを振り返る余裕も無く地面を蹴って素早く道を駆け抜ける。

 途中で、足元の木の根につまづいて転びそうになったりして、後ろから聞こえる地響きは大きくなるばかりだ。それだけでは無い。


「....はっ、はぁっ...はあ....クソっ」


 少し走っている内に、アヤミチは早くも息が上がってきたのだ。先程走っていた時はこの程度では息は上がらなかった。なので、主人公補正が機能していない可能性がある。


(何でだよ...!なんで発動しないんだ!?そもそも発動条件は!?)


 アヤミチは、既に限界を迎えそうな足にムチを打って必死に動かし、何とか後ろから近付くモンスターを撒こうとする。だが、相手のモンスターはアヤミチのすぐ側まで来ているようで、すぐ後ろから発生している大きな地響きで揺れる地面によってアヤミチは足取りが狂い、土の道に手を着いて転んでしまう。


「...クッソ...!!」


 手に精一杯の力を入れ、転倒によってボロボロになった体を無理やり動かして立ち上がる。


 顔に付着した土か混ざった汗を袖で拭いながら、地面を蹴って前へ前へと進んでいく。重要なのはここからだ。すぐ後ろまで来ているであろうスライムを撒くことは恐らく無理だろう。かと言って、スライムを倒せる未来も見えない。主人公補正を頼るには、情報が足りなすぎる。


 先の転倒のせいで体力も一気に底をつきそうになり、思考を鈍らす恐怖で体はふらつき、足元もおぼつかなくなる。そして、地響きで何度も転びそうになり、巨大なスライムによって樹木が折れる音が聞こえてきた辺りで、アヤミチは土道の終点にたどり着く。


「......ここは」


 森の中を続く土道の終着点には、先程見た円形に広がるバトルフィールドのような場所が神々しい輝きを放ってそこに佇んでいた。後ろからリズムを奏でているように聞こえる地面を揺らす音、木々が倒れていく様子、そして、このバトルフィールド。つまり、これは───


「序盤でこれって...まるで負けイベだなクソ!」


 アヤミチは、勢いよく後ろを振り向き、自身の3、4倍も大きいスライムがすぐ後ろまで来ていることを確認し、残っていた体力の殆どを使ってスライムに怒鳴りつける。

 怒りの感情を向けられたスライムは、薄暗い空間がスライムの不気味さを強調しており、頭の中で描く可愛らしいスライムの面影は無かった。


「......ッ?」


───なんの前触れも無かった。


 突如として、アヤミチは全身から溢れ返るような力が満ち、スライムに対して感じていた恐怖も嘘のように消えていた。


 とっくに底をついていた体力は一瞬で全回復し、体中の筋肉が強化されたように力が漲る。アヤミチはその身体の嬉しい"異変"を感じ取ると、ここぞとばかりに剣を勢いよく引き抜き、挑発するように剣先を巨大なスライムに向ける。


 スライムは奇声を上げ、その巨体を縮め始める。アヤミチはその耳をつんざく奇声に脳を揺らされるような嫌な感覚を味わいながらも、剣を構える。


(剣の構え方が分かる...?)


 自然と正しく剣を構える事が出来ている自分に驚きながらも、アヤミチはスライムの動向に意識を集中させる。

 スライムは極限まで縮むと、周囲に軽い衝撃波を出しながらアヤミチの頭上、森林の天井に近い距離まで飛び上がり、戦場を自身の影でおおう。


 アヤミチは自分でも不思議なぐらいに冷静でその場に佇み、スライムが戦場に勢いよく落ち始めてからようやく地面を蹴って青色の水の塊のような巨体を避ける。


 直後、爆発音のような轟音が森林中に鳴り響き、それと同時に森林全体に軽い地震が起こる。アヤミチはスライムの着地点から発生した土煙から目を保護し、その土煙に紛れてスライムの着地点へと勢いよく走り込む。

 恐らくアヤミチの前の人生のどんな時よりも速く走れているだろう。走っている最中に身体に当たる風が心地よいが、細かい土も混ざって肌に当たる為少し痛い。


「いくぜスライム!!お前が最初の経験値だああああ!!!」


 アヤミチの姿を見失っていたスライムは、その大声によってアヤミチの姿をようやく見つけ、勢いよくその巨体でアヤミチに飛び掛ろうとする。


だが、スライムの攻撃はあまりにも遅かった。


 アヤミチが剣を左腰あたりから右肩あたりまでを剣の軌跡にするように振り上げた瞬間、剣から白く輝く剣戟が放たれる。その剣戟はたった一振に対してあまりにも被害が大きく、スライムの身体を真っ二つに両断し、土煙を蹴散らし、更に連なる大木をも突き抜けて豆腐のように斬ってしまう。


「....ふぅ、中々良い敵だったぜ...名も無きスライムよ....」


 アヤミチは勝ち誇ったように剣を鞘に収め、斬られた何本もの大木が地面に落下し、地面が爆ぜる音を堪能する。


勇者アヤミチは初の討伐を成し遂げた───はずだった。


「───おいおい、嘘だろ...?」


 アヤミチは、一刀両断され、すぐ側に倒れているはずのスライムを見つめ、そう呟く。スライムは両断されて尚も動き続け、二つになったスライムがくっついて再生をしようとしている。

 アヤミチの体力は何故か逃げている時と同じ、まともに走れない程に体力が失われており、またあの巨大スライムと戦うことになれば敗色濃厚だろう。

 アヤミチは剣の柄を掴んで引き抜こうとするが、"敗北"という言葉が頭の中で強く主張していて、手が震えて柄を上手く掴めない。


 剣を引き抜こうと苦戦している内に、スライムは既に再生を終えていて、先程と同じ巨大スライムへと姿が変わっていた。


「どう、すれば....ッッ!?」


 アヤミチが怖気付いて地面に尻もちを着いて倒れ込み、目の前でこちらへ明らかな殺意を放っているモンスターを恐怖の籠った黒い瞳で見つめていた時だ。


 背後から、素早く走る確かな足音が聞こえ、勢いよく地面を蹴って剣をスライムに一振する人物が現れた。

 その人物が剣を一振すると、スライムは身体全体が裂かれるような傷を負い、頭が痛くなるような奇声を上げてその場から逃げようとする。剣を持った人物はスライムを追わずに、怯えきっているアヤミチの元へと駆けつける。


「大丈夫かい?怪我は?」


 アヤミチのすぐ側まで駆けつけ、アヤミチを心配するその人物は、深い青色、無造作な髪型で、身長は178cmあるアヤミチよりも高い。いつの間にか鞘にしまってある剣は、アヤミチには異様な雰囲気を出しているように感じる。ガタイも良く、いくつか装飾を施された軽装である。


 そして、彼は二重の綺麗な緑色の瞳でアヤミチを見つめ、手を差し伸べていた。

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