第4話 主人公補正

 見渡す限りの広大な自然。

 草が申し訳程度に茂り、柔らかい地面と相まってとても踏み心地が良い。見た事のない花が草に混じって存在しており、地面と明らかに色が違うにも関わらず見事に違和感なく自身の存在を主張している。


 目を凝らすと、かなり歩かなければいけない距離に街のようなものがあったり、その道中に深い緑色で埋め尽くされた巨大森林もあったりと、現実世界とは全く違った景観が一歩も動かずとも見える。


「──となると、こりゃ本気で転生したみたいだな...」


 そんな澄んだ空気の中、一人の勇者が不信感を抱いているような何とも言えない表情で立ち尽くしている。

 この世界に転生された青年、アヤミチは、腰に装備している剣の柄を握り、ゆっくりと引き抜く。


「うぉっ、重っ!」


 思ったよりも剣に重量があり、アヤミチは咄嗟に腰を低くして重さに耐えようとする。剣の見た目から片手剣のような気がするのだが、片手で持とうとするとかなりの力が必要となる。

 アヤミチはアニメや漫画などで軽々と剣を持っている剣士を心から尊敬しながら、せっかくの与えられた服が避けないように剣を慎重に鞘にしまう。


「....なんなんだ、これは」


 アヤミチが不審感を孕んだ視線で足元を見る。地面に転がる物を見つめる。その視線の先には、見るからに怪しげな雰囲気を醸し出している頭蓋骨が二つ転がっていた。ただ、その頭蓋骨は人間の物よりも丸く少しばかり愛くるしい姿である。

 その内の一つの頭蓋骨をよく見ると頭蓋骨の中央より少し上に一つの穴があり、もう片方は二つの穴が空いていた。恐らく片方の頭蓋骨は一つ目であり、もう片方は二つ目の頭蓋骨なのだろう。更に骨の形のせいか少し笑っているように見える。


(どうせなら異世界っぽく...)


 アヤミチは片方の一つ目の頭蓋骨に触れようと息を飲んで恐る恐る手を伸ばす。頭蓋骨から目を背けながら手のひらで骨の感触を確かめるが、異世界のくせにこの頭蓋骨が動くなんて事は無かった。

 この頭蓋骨が何の害もないと分かるや否や、アヤミチは両手で頭蓋骨を持ち、ベタベタと天然骨の素材を味わう。


「──お?」


 頭を撫でるように頭蓋骨を触っていると、アヤミチは後頭部にスイッチのようなものがある事に気付く。


 アヤミチは恐る恐る、その不審感満載のスイッチを人差し指で押してみる。不思議と、その一連の動作に何も恐怖を感じなかった。


「ひゅるるるるっやっほほーーーい!!!」


 アヤミチがスイッチに触れた瞬間、頭蓋骨の穴という穴からオーロラのような光が放出した。突然頭蓋骨がライトアップしたかと思えば、今度はその頭蓋骨が表情を作り、歓喜の声を高らかに上げた。


 先程までただの物だった頭蓋骨は、突如として生を授かったかのように勢いよくアヤミチの両手から抜け出す。頭蓋骨はしばらく宙を舞い、やがて親を見つけた迷子の子供のようにアヤミチの目の前で動きを止める。


「よぉよぉ兄さん!当方の名前は"スズ"ってんだ!」


 頭蓋骨が喋った、と思えば、瞬きの間に頭蓋骨に大きい一つの目玉が出現し、頭蓋骨の首との繋ぎ目の隙間から、黄色い光がアヤミチの周辺を飛び回る頭蓋骨の軌道を示している。


「....んー、まあ今更驚きはしないけど.....とりあえず」


 アヤミチが目を瞑って目元に手を添え、口を開くと、スズと名乗った頭蓋骨は首ならぬ頭を傾げてアヤミチの言葉に耳を傾ける。


「おまえの一人称当方なの?」


 アヤミチが目元に添えていた手をスズに向け、とりあえず一番気になったことを口にする。現実世界に、当方なんて一人称を使う人物は勿論誰一人としていなかった。現実世界の話をしてしまったらキリが無いのだが、アヤミチは最早いちいち考えるのを止め、吹っ切れたのだ。


「...おまえ、勇者様ってやつか?」


 スズは、アヤミチの言葉に反応したのかしていないのか、妙な質問を返してくる。アヤミチはまさかの返答に呆然とするも、先程のスクリーンの言葉を思い出し、腰に手を当てて胸を張り、スズに向かって声を張り上げる。


「──おうともよ!俺が勇者様ってやつだ!」


───────────────────────

「勇者アヤミチ!これだ!これを見ろ!」


 先の発言をしてから、アヤミチが雑に舗装された土道を、まるでペットのようにアヤミチの顔の横を浮遊して着いてくるスズと共に歩みを進めている最中のこと。


 スズは真ん中にぽっかり空いている一つ目を輝かせながら、アヤミチの目の前に移動してアヤミチの動きを止める。すると、スズの横にクラッカーを鳴らした時に似ている音が鳴り、一冊の、薄くページ数の少なそうな本が何も無い空間から出てくる。


「いちいち騒がしいやつだな....なんだこれ?」


 本はそのまま空中に浮遊している訳ではなく、すんなりと地面に落ちる。アヤミチは不便さを感じつつ、身をかがめて本を拾い、軽く本に着いた土汚れを払って中身を確認するべく本を開く。


【初得魔法】


 本を開き、1ページ目を見てみると、この四文字のみが上部に書き込まれており、アヤミチは目を凝らして馴染みのない単語を見つめる。


「はじ....?」


「しょとくって読むんだぜ勇者様ァ!!」


「うるせぇ!クラッカー鳴らすんじゃねぇ!!」


 アヤミチが初得の文字を読むのに苦労していると、真横からクラッカーの音と共に、スズの嘲笑っているかのような声が届く。

 スズに悪態を吐きながら、アヤミチは本のページを最後まで捲ってみる。しかし、本は約五ページ程度で終わってしまい、最初以外の全てのページが白紙であった。


「お?お、おかしいな...あ!さてはお前、初得魔法もう持ってんのか!」


 スズは本の中身を覗き込み、アヤミチと共に困惑する。だが、何かを閃いたかのように目を見開き、声音を明るくして一人だけ納得する。

 アヤミチは、納得するどころか、更に状況が分からず困惑するばかりだ。


「...それはつまり、あれなのか?魔法とかそういうロマン関連だったりするのか?」


 アヤミチは、初得魔法という単語を頭の中で理解しようとし、ある一つの考察が生まれる。


──もしかすると、これはゲームで言う"固有魔法"のようなものなのでは無いか?


 頭の中のただの推測は、男のロマンと言う名のご都合修正によってほぼ確信に変わり、アヤミチの脳内はゲームの厨二心をくすぐる技で埋め尽くされ、息を荒くしてスズの頭蓋骨を両手でガシッと掴む。


「スズ!!俺のその...初得魔法ってやつを教えてくれ!」


 スズは突然のアヤミチの乱暴とその勢いに表情を歪めて困惑し、慌ててアヤミチの両手から抜け出してアヤミチと少し距離を取って宙に浮遊する。


「そ、そうだな...お前の初得魔法は.....おっ?」


 スズは、目の前に先程真っ暗な部屋で見たようなスクリーンを出し、何かを確認する。アヤミチは、その間も足を無駄に動かしてスズの辺りを回るように歩いたり、脳内で再生される自身のかっこいい姿に震えたりしている。


 しばらく経つと、スズがアヤミチの側まで来て、アヤミチの無駄なソワソワを止めるようにアヤミチに言う。アヤミチはすぐに姿勢を正し、スズの説明を大人しく待つ。


「...初得魔法ってのはな?いっちばん最初に得る、つまり産まれ付き持った魔法だから初得魔法なんだ」


「うむ。」


 スズは、アヤミチの周りを飛び回り、アヤミチに自身が通った道の軌跡の光を見せながら、説明を始める。アヤミチは、腕を組んで集中して説明を聞く体勢に入り、簡単な返事を返す。


「つまり、初得魔法がなんであれ、他の魔法も会得は出来るんだ。むしろ、初得魔法をあんまし使わない奴の方が多いな!」


 スズは、元気よく高い声でアヤミチに説明を続ける。アヤミチは、腕を組んだまま無言で首を縦に振り、スズの話を聞いている事を示す。


「で、本題だ!お前の初得魔法は.....」


 スズが本題を切り出してきた瞬間、アヤミチは、自身の体に稲妻が走ったような感覚を感じ、その直後にアヤミチは全神経を聴力に集中させる。


「───"主人公補正"だ!」


「.....?」


 スズの言葉に対し、アヤミチはきょとんと首をかしげ、何とも言えない表情を見せる。


 アヤミチは、"炎魔法"や"影魔法"何てものを期待していたのだが、思ったよりも具体的でかなり理解が難しい、そもそも魔法なのかも分からないこの魔法に少し戸惑う。


「どういう魔法なんだ?」


 だが、なろう系などで稀に見る"棒を生み出す能力"や、"力が強くなる"といった能力よりはまだ希望はある。とアヤミチは考え、恐る恐るスズに追加説明を求める。


「この魔法は扱いが難しくてな...簡単に言うとだな、主人公っぽくなるっつーことだ!」


「そのまんまじゃねぇか....」


 少々スズの説明に不満はあるものの、主人公補正という魔法自体にはかなり興味深いものがある。主人公補正、言い換えれば、主人公のような人生を送れるという事である。それはつまり、アヤミチが長年夢見続けてきた───


(覚醒とかハーレムとか出来ちゃうって事か!?)


 


 再びアヤミチが興奮を抑えきれず、目が飛び出るのではないかと言うほど見開きながら機関車の様に周りを走り回って暴走するのを止めるのは、スズはかなり至難の技だったと後にアヤミチに愚痴を吐くのであった。

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