第3話 準備運動

 無情にも燃え盛る炎、辺り一面は火の海と化し、民家は勿論、民衆の死体のように無惨に転がっている石にまで炎は燃え移っている。

 誰かの悲鳴や助けを求める声、それこそ"勇者"を求める声は鳴り止まず、絶えずその場に崩れ落ちている旅人の心を蝕んでいった。


『全部、全部全部※のせいだ』


 誰かに責任を放り投げ、必死に自身の心を守ろうとする。だが、まだ希望のあった赤ん坊の鳴き声が止んだ時点で、旅人の必死の抵抗はいとも簡単に破られる。


『.....この惨状は、奴らを見誤った僕の責任だ』


 旅人に、誰かが震える声で旅人を救おうとする。この余裕が無い状況で、旅人に責任を負わせるのではなく、自分が責任を請け負ったこの男は、きっと英雄と成るだろう。


『※は、もうっ、戦えない.....こんな事になるなんて...』


 だが、そんな男の優しさには目もくれず、旅人は男を突き放す。ここで旅人が男と共に再び戦場に赴けば、結果は変わっていたのだろうか。

 男は、地面に落ちている旅人の折れた剣を掴み、足を1歩、前へ動かす。旅人は頬を濡らし、前髪の影によって隠れた瞳で、男の顔を見る。


 男は、弱々しい笑みを、必死に作った笑みを、旅人に向けていた。


『僕は諦め切れない。だって、僕達は────』







その瞬間、旅人の心は完全に壊れた。




​───────────────────────

「.....ぁぇ?」


 長いような短いような眠りからようやく目覚めた直後、とある男が目にした最初の光景は、辺り一面が真っ黒な部屋だった。


 その部屋はどこが壁かも分からない程の黒で覆われており、男は訳も分からず壁にぶつかったり、何も障害物のない場所でコケたりしている。

 しばらく男が困惑し、いよいよ視力が無くなったのかと疑う程に焦っていると、何も無かった部屋にいつの間にか宙にスクリーンが表示された。


(うぉっ、明る.....くない?)


 そのスクリーンは、明るいようで全く眩しくなく、男は反射的に顔をおおった手を少し恥ずかしさを感じながら退ける。足元に気を付け、慎重に宙に浮かぶスクリーンの元まで着くと、勝手にスクリーンに文字が表示され始めた。


《こんばんは、勇者アヤミチ》


 男───【過道勇止】は、情報量の多さに再び困惑し、額に指を押し付けて考えを整理しようとする。だが、非情にもスクリーンは過道勇止に考える時間を与えず、次の文字が表示される。


《転生する世界をお選びください》


 過道勇止は、やっとの事で先程のスクリーンの情報を整理し終えたところでまたも情報量の多い文字、先程のスクリーンよりも更に理解に時間のかかりそうな文に、髪を手で掻きむしる。だが、前に友達に頭を搔きすぎるとハゲになるぞ、と言われたことを思い出し、慌てて頭を搔く手を止める。


「あ!そうだ、俺は結局どうなったんだ!?」


 段々と失われていた生前の記憶を取り戻し、過道勇止はスクリーンに向かって無駄にデカイ声を更に張り上げる。

 結局、過道勇止は死亡したのか。ここはどこなのか。転生とは何なのか。ふざけているのか。死因はキュン死なのか。

 聞きたいことは山ほどある。そして、それらの質問を聞く時間はたっぷりとある、と過道勇止は勝手に決めつけ、スクリーンの返答を待つ。


《1.魔王総才世界まおうそうさいせかい。2.ニッポン。3.境十悪路さかいしあくろ


 過道勇止の質問にスクリーンからの返答は無く、その代わりにスクリーンには三つの選択肢が表示される。過道勇止は、床に倒れ伏して頭を抱え、いよいよ考えるのを辞めようかと悩む。

 スクリーンの三つのそれぞれの選択肢の下には、見るからに選択ボタンといったオレンジ色のボタンの様なものがあり、恐らくそこを押せば選択完了という事だろう。


(これ...選択したら説明が表示されて、"本当にこの選択肢でよろしいですか?後から変更はできません"とか出てくるやつ......なのか?)


 過道勇止は、心の中で早口でゲームのあるあるを唱え、恐る恐るオレンジ色のボタンに指を近づける。


(まぁ、とりあえずニッポンだよな...)


 と、ニッポンの選択肢のボタンを押そうとする過道勇止だが、すんでの所で指を止める。そして、ある違和感を覚え、光の速さで指を引っ込める。その速さに懐かしい感覚を思い出し、脳内にショートヘアのどこぞの美少女の姿が蘇る。


(いやいや、これ世界の選択肢だよな?日本って国だろ。ニッポンってカタカナで表すか?普通)


 何故か今までにない程頭の回転が早くなり、"ニッポン"という世界に対する不審感が選択肢を見れば見るほど湧いてくる。


(!!そうだ、奴らから聞いたことがあるぞ....!!確か、ネットのドメインをちょっと間違えるだけでウイルスに感染するサイトに行くとかあるんだろ?それと同じじゃないのか.....?)


 最早、自分を名探偵か何かだと勘違いする程に頭の回転は早くなっており、過去の友人との会話を思い出し、こじつけの様に"ニッポン"という世界に難癖を付ける。

 "ニッポン"がとんでもない世界だと分かった(決めつけた)以上、ニッポンを選ぶ選択肢は消えたも同然だ。


「となると、残りは魔王....これはナシだな。」


 過道勇止は、魔王という単語を見つけた瞬間に目を逸らし、もうひとつの選択肢に目を付ける。そして、先程の名探偵ぶりは何処へやら、あっさりとオレンジのボタンを指先で押してしまう。ちなみに押した感触のある押しボタンではなく、スクリーンに表示されているボタンだ。



 次の瞬間、一面真っ黒な部屋の色は一転、突如として一面真っ白な空間となった。だが、不思議と眩しさは全く感じず、またも顔をおおった手を恥ずかしさを感じながら引く。


 何処からともなく爽やかな風を感じ、瞬きをした直後、長い眠りから窓から差し込む太陽光によって目が覚めた時のような眩しさを感じる。しばらくその眩しさに慣れず、目に力を入れて瞼を閉じていると、段々と地面に"感触"が出来てきていることが分かる。


『この世界の目標を達成せよ』


 突如、勇者アヤミチの脳内全体に響くように言葉が届く。アヤミチは、反射的に腕を上げて防御体勢に入る。たが、しばらくして何の異変も感じなかったので、ゆっくりと瞼を開いてみる。


「.....おっ?おぉ?」


 勇者から発せられるとは思えないような腑抜けた声が飛び出し、目の前の光景に呆然と立ち尽くす。既に眩しさには慣れており、むしろ全身に浴びる太陽光が気持ち良いぐらいだ。

 

 ふと、下半身に妙な重みを感じ、少し下を向くと、剣が1本、鞘に入った状態で腰に装着されていた。服装は軽めの皮の胸当てが付けられた長袖で、何よりも目立つのは白色のマントを羽織っている事だ。



 そして勇者の目の前には、目を見張る程の広大な自然が広がっていた。






「"主人公補正"を持った状態で異世界に転生したんだが何か思ってたのと違う」

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