004 ~わたしとあなた~

気配を感じなければ、物音さえしなかった。

自分以外に何かが存在している発想もなかったから、

突然の人の声に、Iは脚を震わせた。


しかも最初に聞こえてきた言葉が「ありがとう」だったから、

何の脈略もないその言葉に得体の知れないものを感じていたのだった。


それにしても聞き覚えのある声とはどういったことなんだろう。

Iはおそるおそる後ろへ振り向いた。


「ありがとう。あなたをあなたと呼べるのは、僭越ながら確かに私のおかげということになりますが、そもそもこのYouという存在を私と呼べるのは、やはりあなた様のおかげなのでございます。」


Iの目の前にいたのは、Iよりもずっと背の高い者だった。


「え、どういうこと? それに、あなたは?」


「申し遅れました。私は“You(ユー)”。別の呼び名は二人称でございます。

つまり、あなたの次にこの世に生まれた二人目の存在でございます。」


Youと名乗った者はIに一歩近寄り、そしてIの手を握った。


「あなたが最初に出会った者は、あなたにとって初めてのあなた。

つまりそれが私の名、Youでございます。」


一体この人は何を言っているんだろう。Iはそう思った。

先程までの恐怖は一転して不可解に染まったが、それがいいのか悪いのかを迷っているIであった。

どうせなら恐怖のままでいて、脱兎のごとく逃げ出した方がよかったのかもしれない。


Iは手を振り払おうとした。

しかしIの脳裏に突如として走った記憶がそれを阻止した。


「そうだ、私はもともと主語の民。そしてYou、あなたも。」


Youと名乗った者は小さくうなずき、そしてようやくIの手を離した。


「ええ、ご一緒できて光栄です。そして私とあなたが揃うことで……。」

「“We(ウィー)”ね。」

「左様でございます。別の呼び名を……。」

「私と同じ、一人称!」

「ご名答。」


Youは「あなた」を、

そしてWeは「私たち」をそれぞれ意味する。


記憶を取り戻したIは自分が一人ではないとわかり、ついに安堵した。


しかしそれが全てではない。

なぜここでIがIの自我を芽生えさせ、なぜYouが目の前に現れたのか。


その答えは見つからなかった。そしてIにはまだ疑問があった。


「ねぇYou、主語の民って私たちだけなの?」


Iの好奇心に満ちた瞳を見ながら、Youは笑みを浮かべた。

そして再びIの手を取った。


「それでは次に、彼らにおでましいただきましょう。」


先程の空間の歪みが、さらに強く、

そして遠くまで広がり渡るのを、Iはその身に感じた。

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