003 ~世界の生成~

「リンガフランカ?」


文字を読み取ったその者は、

触れて初めて自分の存在を認知したようだった。


触れようと思って触れたのではない。

触れて初めて自分というものがこの世界に生成された感覚だった。

だから自分が何者かもわからなかった。


「私って、誰だっけ。」


無理もない。辺りには誰もいない。教えてくれる者がいるわけでもない。

崩れかけた塔があるばかりで、辺りには草も何も生えてはいない。

地平線は空と重なり、それが遠いのか近いのかもわからなかった。


ただ、その光景が見えるということは、

その者にとっては自分が存在している確かな証拠だった。


「私? そうだ、私は私だった。名前は確か、“I(アイ)”。」


自分の名前を発した瞬間だった。

立ち位置を中心として辺りに衝撃が走ったようだった。


風がふいたわけではない。それは空間の歪みだった。

歪みに触れた空間はあるべきものの姿を映し始めた。


石に草木、そして山や川など。

それは世界の始まりの姿だった。


Iは「私」を意味する。


この世の生成と認知を司る者にして、最初の存在であった。

またの呼び名を、「一人称」という。



Iは辺りを見渡し歩いていると、

背後から声がかかった。

聞き覚えはない。しかしどこか懐かしい響きだった。

(つづく)

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