002 ~リンガ・フランカ~

かつてこの世界は一つであった。


近い者たちは手を取り合い、

遠く離れたところの者たちも気持ちで繋がり合っていた。


いさかいがあっても言葉で解決し、

祝い事ともあれば皆が一堂に会して宴を開いた。


幸せだった。


しかしその面影は見られない。


「この大陸の中央に記念の塔を建てよう。」


誰かがそう口にした。

皆がそれに賛同した。

事は順調に運ぶと、誰しもが思っていた。


しかしそれが取り返しのつかない争いの始まりであった。


北の者たちは、塔は自分たちのものだとゆずらなかった。

南の者たちは、北の者たちに真っ向から争った。

西の者たちは、北南の争いの最中に塔の入口を西に作りかえてしまった。

東の者たちは、北南西の動向を静かに見守った。


争いは収まることなく、

いつしかそれぞれの地域がそれぞれの集団を形成し始めた。


「あいつらに悟られてはいけない。」


そして言葉までもがそれぞれの発展を遂げていった。


もはや皆が会話することはない。

顔を合わせることもない。

それぞれがそれぞれの地域で文明を築いていった。


今となってはその争いを直に知る者がいないのは、

これが神様のいた時代にまでさかのぼる、古い時代の話だからである。


誰かの創作かもしれない。

しかし事実かもしれない。

例の塔は、確かに広い大地に立っている。


入口正面に掘られたリンガフランカの文字は雨風土にさらされ、

知らない者にはただの溝にしか見えないだろう。




ある日のこと、

その文字を指でなぞる者がいた。

(つづく)


*一部、歴史情報をもとにしたフィクションが含まれています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る