8話 命の時間と目に映る差異(4/6)

うーん。ケトにはなんて声をかけるのがいいか……。

ひとまず他の子達が寝ついてからだな。

ケトが先に寝るようなら、帰りの時間の後にケトが一人だけの時を狙って……。

考えながらリーバを布団に下ろす。

リーバは脱皮してからは寝るのも上手になり、そう失敗することはないが、それでも慎重に。

最後に掛け布団と入れ替えるようにして、肩を押さえていた手を離すと、後ろから会話が聞こえてきた。


「ニディアの隣で寝てもいい?」

「ああ、それはもちろんだが……」

不自然に途切れたニディアの言葉に俺が振り返れば、ニディアはチラリとライゴを見たようだった。

ライゴは一人、部屋の隅で丸くなって、もう眠ろうかとしている。

シェルカはお気に入りのお昼寝用枕を胸元に抱き抱えて、あくびを誤魔化すようにして顔を枕に押し付けていた。

ニディアはシェルカに視線を戻すと、小さく微笑んで「一緒に寝ようか」と部屋の真ん中あたりで二人揃って丸くなった。

ケト以外の四人は体を丸めて寝る種族のようで、丸まって眠る姿はなんとも言えない可愛らしさだ。

……リーバは時々伸び切った感じで寝ていることもあるが。

この辺は個性なんだろうな。


しかし、ニディアもライゴとシェルカが微妙な感じになってるのは気付いてるみたいだな。

そりゃまあ、あれだけ今までベッタリくっついてた兄妹が急にバラバラになれば、気付いて当然か。

俺としては、早いとこなんとかしてやりたいと思うんだが、保護者であるザルイルが「もう少し様子をみてほしい」なんて言うもんだから、手が出せないのがもどかしい。

このままシェルカの目が開いた日には、さらに拗れるんじゃないか……?


内心でため息をつきながら部屋を見回せば、ケトは、お昼寝布団の代わりに用意された石を削って作られたボウルのような椀状のベッドに、すっぽりというかみっちりというか……なんともジャストフィットしていた。


「せんせ」

俺と目が合ったケトが、ボウルから頭だけ出して静かな声で俺を呼ぶ。

「ん、どうした?」

小声で応えて俺はケトのそばに寄る。

それにしても、近くで見るとやっぱりこのフィット感はヤバイな。


「……ぼくは、もう、お父さんには、会えないんだね……」


ケトの言葉に、頷きを返すべきか迷う。


「でも、ぼくの中に、いるよね。お父さん」


いつもポツポツと呟くようなケトの声に、ほんの少し力が入るのが分かった。

俺は「そうだな」と答えて、今度こそ頷く。力強く。

安心したのか、ケトの頭が完全にボウルの中に沈む。

俺は一瞬のためらいを呑み込んで、ケトの頭をそっと撫でた。

どう見ても液化しているそれは、ベタベタするのかと思いきや意外にもさらりとした感触で、二度、三度とゆっくり撫でればケトは静かに目を閉じる。

俺が「おやすみ」と小さく声をかけると、ケトは目を閉じたまま「おやすみ、せんせ」と返事をした。


なぜかケトだけは、俺の事を先生と呼ぶんだよな。

嫌だってわけじゃないんだが、「先生」と呼ばれる度に、遠くで、元の世界で、俺をそう呼んでくれていた子達の顔がちらついてしまう。


あの子はちゃんとお昼寝ができてるだろうか。

あの子は泣いていないだろうか。

そんな焦りが日に日に膨らんでくると、なんだか夢の終わりが近付いているような気がして、俺は首元の紫色をなぞった。

「帰りたいのに、皆を置いて行きたくないなんて……」


そんなの、できるわけがないのにな。


この焦りは、俺が自分の心を決められないからだ。

こっちか、向こうか。どちらかを選んで、どちらかを諦める事ができないから……。


「ヨーへー? 帰りたいの……?」


眠そうな声にハッと振り返る。

ライゴはまだ寝ていなかった……?

迂闊なことに、俺はさっきのを口に出していたらしい。

ライゴとシェルカは耳がいい、このくらいの距離なら聞こえて当然だ。


失態に顔色を変えてしまった俺を見て、ライゴが布団を飛び出す。

「や、やだやだ、だめだよっ、ヨーへー行かないで!」

ぎゅっと俺の腰にしがみついてきたライゴを、俺は精一杯の平静を装って抱き返す。

「大丈夫だよ、ライゴの聞き間違いじゃないか?」

ついこないだは、ずいぶん立派に本を読み聞かせていたライゴが、泣きながら必死に縋る様に胸が痛む。

「ヨーへーは僕と一緒にずっといてくれなきゃ嫌だよぉっ」

「大丈夫だって、俺はここにいるだろ?」

「っ、ほ……本当に……?」

涙をいっぱいに溜めたブルーグレーの瞳が俺を見上げる。


そうだ。俺は今までもこうやって。

『ママ行かないで』と泣く子達を、大丈夫だと励まして。

先生がいるから大丈夫だよ。一緒に遊ぼう。と。


クラスの子達の顔が、俺を呼ぶ声が、一気に胸に蘇る。

『せんせーっまた明日ねーっ』『先生、来てー!』『これ先生にあげるっ』『あのね、先生にだけ教えてあげるね』『見て見て! せんせーっ!』


捨てられるわけがない。

一緒にいるって、俺は子ども達と約束したんだから。


途端、ぐにゃり、と世界が歪む。

「うわぁっ」と叫んだのは俺じゃなくてライゴの声で。

「お兄ちゃん!?」と悲痛なシェルカの声は酷く遠くで聞こえた。

手首に細い何かが巻き付いて、プツンと切れる。

俺を繋ぎ止めようとしたそれが何だったのか分からないまま、俺の意識は途切れた。

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