8話 命の時間と目に映る差異(3/6)

魂とか命ってのは、結局何なんだろうな。

俺の魂が今ここにあるんなら、元の世界にいた俺は、あの場所にはもういないってことになるのか?

でもなんか、そういうのとはちょっと違うような気がするんだよな。

ただ長い夢を見ているような、そんな感覚がいつまでも抜けなくて。

そんな中で、俺はそれでも毎日の生活の心配をしたり子ども達の事を心配しながら、こんな事をしてる……。


机に広げた真っ白な紙がなんだか眩しくて、俺は目を閉じる。


ザーザーじゃぶじゃぶと水音が聞こえてくるのは、ザルイルが風呂に入っているからだ。

普段、もふもふな住人達の毛があちこち絡まりがちだった風呂も、今日はタルールさんのおかげでピカピカになっていた。俺は居候させてもらってる身なのに、掃除もしなくてよくなったし、美味しい夕食まで食べさせてもらえている。

最初こそ虫扱いだったが、今では元の世界よりも快適な生活に、俺はすっかり馴染んでしまっていた。


園の皆は、今頃どうしているだろう……。

もし俺が本当に消えているのなら、園にも子ども達にも保護者にも、相当な迷惑をかけてしまっているはずだ。

父は、俺を探し回っていないだろうか。

警察にも届けが出されているのかも知れない。

俺が強く願えば戻れるなら、今すぐ戻るべきなんじゃないか。


そう焦る自分と、ライゴ達にもう二度と会えなくなるなら、まだ教えてやらなきゃいけない事がこんなにあるのに……と焦る自分の、どちらもが本心で、残された時間が分からない事への焦りだけが静かに俺の胸を絞る。


けど、いつまでもこのままってわけにもいかないしな。

どこかで……、一旦区切りをつけて、戻れるかどうかやってみないとな。

ただ、戻れたとしても、浦島太郎のようになるんじゃ困るんだよなぁ……。


「……ヨウヘイ?」

ザルイルの声に、俺はハッと目を開けた。

「あ……、な、何ですか?」

「いや、君があまりに長いことそのままだったので、思わず声をかけてしまった。疲れているなら、もう休んだほうが良いよ」

言われて手元を見れば、真っ白な紙にはまだ一本の線も無かった。

「絵を描いていたのかい?」

ザルイルは既に描き終えていた三枚の紙を覗き込みながら尋ねる。

「絵というか……紙芝居を作ろうと思ってます」

「カミシバイ?」

あ、紙芝居はこっちの世界にはないのか……?

「紙をこうして、絵本のように読み聞かせるんですよ」

作りかけの三枚を重ねてスライドして見せれば、ザルイルがなるほどという顔で頷いた。

「ふむ。直接伝えにくい話なのかい?」

この人には敵わないなと思いつつ、俺は頷く。

「そうですね……。これは俺の、価値観の押し付けかも知れないと思って……」

園の絵本部屋にあった一冊の本。

それは、おじいちゃんが死んでしまった事を理解できない幼い主人公が、両親の悲しみや祖父との思い出を辿り、死というものを受け入れるまでを描いた一冊だった。

俺は今、記憶を頼りにその絵本を紙芝居にしていた。

「そうか……。ヨウヘイは優しいな」

「え」

そうだろうか? 俺の思う生死感なんて、あの少年には全く当てはまらないかも知れないのに。

むしろ、間違った生死感を教えてしまうのではと……、その責任を負いきれずに、俺は紙芝居なんて遠回しな手段を取っているというのに。

「ヨウヘイはいつでも、相手に選択の余地を残しているだろう? それは、優しさの一つだと私は思うよ」

「……そう、でしょうか……。ザルイルさんは、俺を買い被り過ぎですよ」

こんなの、ただ俺が臆病者なだけだ。

苦笑して答えれば、ザルイルは少しだけ困った顔をして、俺の頭を撫でて言った。

「君はもう少し、自分の価値に気付く方がいい」

こないだと違って同じくらいの大きさで頭を撫でられると、どうにも恥ずかしいんだが。多分ザルイルから見た俺はあまりに小さくて、子どもと同じ、幼く守るべき生き物に見えてるんだろうな……。

そう思うと、俺だけが恥ずかしがるのも滑稽な気がする。

俺は「ありがとうございます」とザルイルの言葉を素直に受け取った。


***


「おーい、みんな戻っておいでー。お話の時間だよー」

保育室のテラスから拡声器モードを使って、外を走り回っていた子ども達を呼び集める。

広い庭ができてからというもの、自由遊びの時間は大抵皆外で遊んでいた。

今は昼ご飯の後だったので、お話を読んだら次は昼寝の時間だ。

リーバのトイレも済ませてあるし、みんなお腹が膨れていて、少し疲れて、この顔ぶれだと、今が一番ゆっくり話を聞いてもらえる時間だった。


「今日は何のお話ー?」

真っ先に帰ってきたライゴが瞳を輝かせて聞く。

ニディアはシェルカと一緒にリーバを連れて戻ってきてくれたようだ。

「ボクは血湧き肉躍る冒険譚がいいな!」

「あたち、おうたがいい」

「わ、私はなんでもいいよぅ」

ケトも皆の後に続いて本棚の前に集まって座る。

今日で保育五日目のケトだが不安げな感じは大分薄れてきたな。


俺は、制作に四日かかった紙芝居を低い机の上に立てると「今日は紙芝居をやるよ」と言った。

「「「カミシバイ?」」」

ライゴ達が俺の言葉をそのまま繰り返す。

「ああ、紙芝居だよ。いつもの絵本より大きいから、絵もよく見られるぞ」

ワクワクと期待に満ちた視線を受けて、俺はひとつ息を吸い込んで話を始めた。


主人公の男の子はまだ幼くて、おじいちゃんのお葬式でも棺の中のおじいちゃんは眠っているのだと思ってしまう。

そうして、しばらく経ってから、おじいちゃんに会いたいと思った主人公はおじいちゃんを探し始める。

いつもおじいちゃんが散歩していた道にも、公園にもおじいちゃんは居ない。

住んでいた家には、おばあちゃんだけが暮らしていて、仏壇にはおじいちゃんの遺影が飾られている。


まあ、日本の仏壇を描いてもピンとこないだろうから、ここはザルイルに聞いてこっちの世界でのポピュラーな祭壇……丸い球体が台に乗せられたそれを、ザルイルが見せてくれた資料を元に描いてみた。


「ボクの知ってるものより随分貧相だな」

フンと鼻を鳴らしてニディアが言う。

お前のとこは代々なんちゃらってよく言ってるもんな。

なんか祖先を祭ってるとこも、すごい祭壇になってんだろうな。

「……ぼくの、家にも……ある……」

ケトがポツリと呟く。


主人公に、おじいちゃんにはもう二度と会えないと教える両親。

泣き出す主人公に、両親とおばあちゃんは、自分達もおじいちゃんに会えなくなって悲しいのだと伝える。

そして皆で、おじいちゃんとの楽しい思い出をたくさん話す。

物語の終わりに、主人公は「おじいちゃんは、もうどこにもいないんだね」と言う。

すると、お父さんは「お前の存在そのものが、おじいちゃんの生きた証だよ」と主人公の頭を撫でる。

お母さんが主人公にも分かるよう優しい言葉で、その命がおじいちゃんから、それよりもっと遠いご先祖様達から、ずっとずっと受け継がれてきたのだと説明する。

おばあちゃんが「私の記憶の中にも、おじいちゃんが生きているのよ」と話す。


そうして、主人公はおじいちゃんの死を受け入れながらも、自分の中のおじいちゃんの存在を感じる事ができるようになった。


「おしまい」

と締めくくって、最後の一枚をめくる。

皆に見えるのは、最初の表紙に戻った。


しん。と静かな子ども達。

それぞれに思うところがあったなら、睡眠時間を削って作った甲斐があったな。

まあ、ライゴとシェルカのルーツはザルイルしかないんだけどな。

他の子達にはそれぞれ父親がいる事を、俺は事前にザルイルに確認していた。

リーバに関しては「父親と呼んでも良いのかは分からないが」とも言われたが。


タルールさんからは、ちょうど今朝、ケトの父親が死別であることや、それをケトがよく理解していない事、説明しないとと思ってはいるものの、まだ自分の方が泣いてしまいそうで出来ないでいるという相談を受けたので、今日この話をする事もも伝えてある。


「ヨーへー、だっこ」

眠そうな声でねだられて、俺はリーバを抱き上げる。

そういや今日はリーバにはつまらない話だったろうに、よく途中でグズらないでくれたな。

「皆が聞いてたから、静かにしてくれてたんだな。ありがとうな」

「あたち、えらい」

「ああ、気遣いができて立派だったぞ」

撫でてやれば、瞬きもとろんとゆっくりで、ずいぶん眠かったんだろう。

歌い始めた途端に眠ってしまったリーバを抱えて「皆もお昼寝に行こうか」と移動を促せば「うん」「ああ」「はーい」と三人が立ち上がる。

ケトは、まだじっと座って床を見つめていた。

「ケト、行こうか?」

そばに行って声をかけると、ケトは黙ったまま立ち上がって、俺達に続いた。

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