7話 隠し事とスライム少年(5/6)
「ヨーへー、なにさがしてるの?」
シェルカに尋ねられて、俺は苦笑を返す。
「花がないかと思ってさ」
シェルカに手伝ってもらって昼食の片付けを済ませた俺は、辺りを見回していた。
しかしこれだけ木々に囲まれても、確かに花は咲いてないな……。
「ハナ……、ニディアにあげてたやつ? 落ちてるの?」
「いや、無いみたいだ」
この世界には太陽も月も雨も風もなければ、季節もないんだろう。
暑くなりそうな様子もなければ、寒くなる様子もない。
ハチミツや果物があるんだから花もあるんじゃないかと思ったが、どうも違うようだな。
滝を辿るようにして見上げれば、懸命に羽ばたくライゴとそれを見守るザルイルの姿が小さく見えた。
頑張ってるなぁ……。
「お兄ちゃん、がんばってるね」
俺と同じ事を思ったらしいシェルカが、隣で言う。
「そうだな。ライゴは頑張り屋さんだからな」
『飛ぶ練習をしようか』とザルイルに誘われて、ライゴは『うん!』と元気に崖上へ向かった。
けれど、ライゴに『シェルカは?』と尋ねられて、シェルカは首を振った。
いつも一緒の仲良し兄妹が。
ライゴの練習を見に行くでもなく俺のそばに残ったシェルカは、それなのに、どこか祈るような表情で練習に励むライゴを見つめ続けていた。
「なあ……シェルカは、空を飛ぶのは好きじゃないか?」
シェルカは戸惑うように俺を見て、それからライゴを見上げた。
ライゴが精一杯広げた翼が、懸命に空を掻く。
たっぷり悩んだ後のシェルカの答えはシンプルだった。
「………………好き……」
シェルカの紫色の瞳に、広い空がどこまでも映る。
「お空……私も飛びたい。けど……」
途切れた言葉に、迷う心をそっと励ます。
「けど……?」
「お兄ちゃんが悲しくなっちゃうのは、嫌なの……」
「……そうか、話してくれてありがとうな」
しょんぼりと俯いたシェルカの頭を、見えない手で撫でる。
うーん。シェルカは飛べるみたいだが、ライゴはそれを知らない……って事か?
難しいな。これはどう対応するのがいいんだろうな。
隠し事は良くないが、優しい気持ちは伸ばしたい。が、それも方向を間違っているような気がするんだよなぁ。
だが、もうしばらくもすればシェルカには四つの目が開く。
これは隠せるもんじゃないし、タイミングってのはあるよな……。
俺は崖上を見上げる。シェルカと同じ、祈るような気持ちで。
ライゴは、もう何度目になるかわからない空へ、再び挑むところだった。
飛び立とうとしたライゴが、崖ギリギリで踏みとどまって後ろを振り返る。
ザルイルが何かアドバイスでもしているんだろう。
ライゴはバタバタと飛び立つとこまではできるようだが、すぐにまたバタバタと落ちてきてしまうんだよな。
頑張っている事はよくわかるんだが、俺も飛び方なんて教えられないしな……。
うんうんと頷くライゴの表情まではわからないが、焦りの滲んでいるような気配は感じる。
今日のところは、そろそろ切り上げる方が良さそうだな。
後で、自宅でもできるような飛ぶためのトレーニングがないかザルイルに相談してみるか……。
敷布を畳もうかと俺が視線を下ろした途端、シェルカが叫んだ。
「お兄ちゃんっ!!」
悲痛な響きに顔を上げれば、ライゴの足元の崖がガラリと崩れた。
「ライゴ!!」
ザルイルの叫び声が遠い。手本として飛んでたのか、距離が離れてたようだ。
俺は自分を高く持ち上げるようにして上昇する。
ライゴは突然の事に羽ばたききれずにいた。
落下地点は――この辺か!?
見えない手を大きく広げる。ザルイルには負担がかかるだろうが、非常時だ。
「ヨウヘイ、頼む!」
力の流出を感じたのか、ザルイルが叫ぶ。
「はい!」
返事をした俺の見えない手にライゴが触れる、その直前、パステルピンクの影が横からライゴを掻っ攫い、上昇……しきれずにヘロヘロと落ちてきた。
「ひゃぁぁぁぁぁ!」
「うゃぁぁぁん!」
情けない悲鳴を上げるふわふわした塊を、俺は見えない両手で包み込んだ。
「もう大丈夫だぞ」
敷布の上へ二人をそっと下ろすと「どこも痛いところは無いか?」と尋ねる。
コクコクコクと頷く二人の様子にホッとしながら、俺は二人から少し上空へ離れると両手をメガホンのようにしてザルイルへ叫んだ。
「二人は無事です!」
これは、ついさっきザルイルが新しく俺の首輪に設定したらしい術で、このポーズが起動キーとやらになっているらしい。
このポーズで叫んだ声だけが大きく拡張されるという、まあ拡声器みたいなもんだな。
「ありがとう!」と聞こえた声はもうずいぶん近くだ。すぐ降りてくるだろう。
「うるさくなかったか?」
尋ねながら二人を振り返れば、二人は互いに気まずそうに俯いていた。
しん。と静まり返った二人へなんて声をかけるべきか迷う間に、ライゴが口を開いた。
「……やっぱり、シェルカは飛べたんだね……」
『やっぱり』か……。ライゴも薄々気付いてはいたんだな。
だからこそ、少しでも早く飛ぼうとしてたのか……。
「どうして隠してたの……?」
ライゴの言葉に、シェルカの耳がビクリと跳ねる。
「……僕の事、可哀想だと思ってたの……?」
「そっ、そんなことないよっ」
慌てて首を振るシェルカを、ライゴは暗い瞳で見た。
「じゃあなんで、僕の前で飛ばないの?」
「え、と……」
「僕が飛べないから、シェルカは自分だけ飛ぶのが悪いと思ってたんでしょ……?」
「それ、は……」
追い詰められて、シェルカの紫の瞳に涙が浮かぶ。
けれど、号泣したのはライゴだった。
ばさりと羽音がして振り返れば、ザルイルが俺とライゴ達に手の平を向けている。要素を操作するときの仕草だ。そう思った時には、俺はいつもの保育中のサイズに、ライゴとシェルカはいつもの人型へと変わった。
「っ、ヨーへーっっ!!」
途端、ライゴが俺の胸に飛び込んでくる。
ぎゅうっとしがみついてくるライゴを、俺はしっかり抱きかかえた。
「よしよし……、怖かったな。よく頑張ったな……」
俺はライゴのさっきの言葉を頭の中で繰り返す。
シェルカに向けた言葉に、明確に悪口と言える言葉は無かったよな。
結果シェルカは傷付いたが、言い過ぎだと断じるべきか、俺には分からない。
保護者の意向に従おう。と見上げたザルイルは、そのふかふかの胸元にシェルカを抱き上げていた。
「おとぅさぁん……、シェルカ……、お、おにぃちゃん……、泣かせちゃったよぅぅ……」
泣き付くシェルカを、ザルイルの指が優しく撫でている。
「シェルカは立派だった。父さんの誇りだよ」
俺が状況説明をするまでもなく、どこから見えていたのか、ザルイルはそう励ました。
「帰ろうか」というザルイルに「はい」と答えて、俺はライゴを抱えたまま、見えない手で帰り支度をする。
ザルイルは器用に胸元にシェルカを抱いたまま飛び立った。
ザルイルの背には、俺とライゴの二人だけだ。
「ヨーへー……。助けてくれて、ありがと……」
俺の胸元で、涙声のライゴが呟く。
いや、それは俺よりもシェルカに……と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
そんなの、ライゴも分かってるよな……。
「ん、ライゴが困ったときは、いつでも助けてやるからな」
「……えへへ、ありがと……」
「だから、困った時には一人で抱え込まないで、俺に話してくれよ……?」
「うん……。ヨーへー、大好き……」
ライゴの顔を見れば、ブルーグレーの瞳がとろりとまどろんでいる。
あんなに頑張って、こんなに泣けば、そりゃ眠くもなるよな。
「僕、ヨーヘーがいてくれてよかった……。ヨーヘーが僕と同じで、良かったよ……」
俺の胸元にすりすりと顔を擦り寄せるライゴに、優しく撫でて応えれば、ライゴはゆっくり瞳を閉じた。
『同じ』か。
俺も、初めはそう思ってたよ。
けどごめんな……、俺は確かに二つ目だが、俺の世界ではこれが一般的なだけなんだよな……。
母親がいないのは一緒だなんて俺は勝手に思ってたけど、お前達には元からいなかったんだ。親に捨てられた俺とは、何一つ『同じ』じゃなかったんだよな……。
「ヨウヘイ、ライゴは……?」
囁くような声でザルイルに尋ねられて、シェルカも寝ているんだろうか、と思う。
そういえばさっきから、シェルカの声も全然聞こえないな。
「泣き疲れたようで、眠りました」
答えた自分の声は、自分で思うよりもずっと沈んだ響きだった。
「……すまない、疲れただろう」
ザルイルの気遣いに、なるべく元気な声で答える。
「いえ、大丈夫ですよ。ザルイルさんの方がずっとお疲れでしょう、帰ったらゆっくり休んでくださいね。後片付けは俺一人で十分ですから」
そうでも言っておかないと、このマメな人は使った食器の片付けだとか敷布の洗濯だとかやりかねないからな。
昨日は一日パーティーのホストをして、今日は朝仕事もしてたのに、昼からはこんな風に俺たちを抱えての移動に、飛び方の指導まで。せっかくの休みなのに、ちっとも休めてないよな。
いや、後半はあれか、俺がピクニックに行こうなんて言い出したせいか。
「ザルイルさん……せっかくのお休みなのにごめんなさい、俺が余計な事……」
「そんな事思っていないよ。ヨウヘイに悪い所なんて一つもない」
ザルイルは、俺の言葉に被せるようにして、キッパリと言い切った。
ど、……どれだけ全肯定だよ。
なんかこうまで信頼されると、正直ちょっと怖いよな。
特にその……厚過ぎる信頼を、裏切った時とか、な……。
ヒヤリとした悪寒に、俺は首に巻かれたザルイル色の首輪を指でなぞった。
***
泣き寝入りした子ども達を部屋に寝かせて、ついでに保育日誌……まあライゴとシェルカの日誌はどっちかというと俺の日記に近い感じなんだけどな。それを書いて出てくれば、扉の外にはザルイルが待っていた。
巣に着いた途端に、レンリ盤とかいう携帯電話みたいなのに連絡が入ったとかでザルイルは自室に姿を消していた。内容までは聞き取れないものの、しばらく話し声がしてたのでやっぱりあれは電話みたいな物なんだろうな。
じっと俺を見つめるザルイルは、どうやら俺に言いづらい話があるようだ。
はぁ……。今度はなんだ……?
そう思いながらも、俺は覚悟を決めて発言を促した。
「ザルイルさん……?」
ザルイルは躊躇いを残しつつも重い口を開く。
「……ヨウヘイは、その……元の世界に戻りたいだろうか……」
「え……?」
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