6話 俺は『お母さん』ではない(2/6)
その日の空は、不揃いな太さの線が気まぐれに走り回ったような縞模様だった。
空の色は、虹のような色から黄色だったりピンクだったりと日によって様々だが、今日は全体的に緑がかってるな。
「今日のおひさまは元気だね」というライゴの声に「お客さん、もう来る?」とシェルカも家の外へ視線を投げる。
「ああ、もう来る頃だろう。いい天気で良かった」
いつも落ち着いたザルイルの声も、今日は少し弾んでいる。
こんな空気の中では、俺までつられてソワソワしてしまいそうだ。
雨のないこの世界でも、おひさまが元気な時とそうでない時で日中の明るさの度合いが違って、天気が良いとか悪いとか言うらしい。
こんなおかしな空を見て、いい天気だなんて思えるようになったんだから、俺も大概この世界に馴染んできた気がする。
俺は、料理の並んだテーブルに置かれた取り皿の角度を整えて、全ての準備が終わっている事をもう一度指差し確認した。
あれから、ザルイルの指示で招待状を作ったり出したりと二週間の準備期間を経て、翌々週の休みである今日、いつもの子どもたちとその保護者が集まってザルイルの誕生日会をやる事になっていた。
……俺の歓迎会も、まあ、兼ねてるわけだが。
子ども達だけじゃなく保護者まで来るとなると、なんだか照れくさいな。
ザルイルにとっては毎日顔を合わせてる会社の人達なんだろうけど。
カタカタと食器達が小さく音を鳴らしはじめて、俺はリリアさんが近付いて来た事に気付く。やがて、地響きのような振動とともに遠くに山のようなものが見えてきた。
いやでも、あの質量が動いてるにしちゃ音も静かな方だよな。
ってかあの巨体がこのペースで近付いてくるのって、よく考えたら物凄い速度なんじゃないか……?
遥か遠くに見えたリリアさんは、皆の見ている中、そう待たせる事もなく巣へとやってきた。
「来てくれて嬉しいよ、リリア。今日はゆっくり楽しんでくれ」
出迎えたザルイルと子ども達に、リリアさんはいつもの調子で声をかける。
「ふふ、お招きありがとうねぇ。リーバもとっても楽しみにしてたみたいよぉ」
リリアさん、今日はちょっとおしゃれしてくれてるのか、あちこちに輝く石の嵌った装飾品がついてるな。
お。リーバの尻尾(?)の先にも何だか可愛いリボンのようなのが結んである。
「ヨーへー、つれてかえる」
リーバはいつもの調子だが、来た早々から帰らないでくれ。
そこへ、バサバサと力強い羽音が聞こえてくる。
これはニディア達だな。
ザルイルの柔らかな羽音とは違って、膜のような翼が空気を叩く音はどこか勇ましい響きがする。
「仕方がないから来てやったぞ」
とふんぞり返るこの子ドラゴンが、今日をどれだけ楽しみにしてたか俺は知っている。
「ああ、わざわざ来てくれてありがとうな」
苦笑を堪えつつ返せば、ニディアはめちゃくちゃ嬉しそうな顔で「ふんっ」とだけ答えた。
おいおい、喜びが全然隠せてないぞ。ダダ漏れだぞ、いいのか?
「あの、ごめんなさい。昨夜爺から聞きました。ニディアがあれからずっと、こちらのお世話になっていたと……」
酷く申し訳なさそうに、ぺこぺこと頭を下げるニディアのママさん。
もしかしたらと思ってはいたが、やっぱりか……。
この律儀そうなママさんが、あれから一度も挨拶に来ないのはおかしい気がしてたんだよな。
ニディアは「母上は忙しいんだ」の一点張りだったし、一応保護者代わりのドラゴンが送り迎えに来てたからそんな強くは尋ねなかったが、どうやらニディアは母親に黙ってうちに来てたらしい。
「すみません……正式にご挨拶をしてから、お願いをしてみようと思っていたのに、順番が逆になってしまって……」
まあでも、ママさん的にうちに預けるのはダメではないんだな。
「そうだったんですね」
俺は、曖昧に苦笑して答える。
しかし、保育園に入れてなくてもニディアには家にそのお爺さんがいるなら、こないだの出張の時は……? いやまあ、お爺さんの体調不良もありえるか。
そんな風に考えた俺に気付いたのか、ザルイルが後ろからそっと声をかけてきた。
「あのトラコンは彼女の眷属だ。彼はレンティアから一定以上離れられない」
「……ケンゾク?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、ザルイルは少しだけ困ったように微笑んで「そういう物があるんだと、思っていてくれたらいい」とだけ告げた。
どうやら話すと長い話らしい。
確かに、家の前で立ち話もなんだしな。
ザルイルが四人に向けて手を翳し、俺を振り返る。
頷きで答えると、四人は俺のイメージする姿へと変わった。
この巣で過ごすのにちょうど良いサイズで。
「まあ、素敵なドレスだわぁ」
リリアさんとリーバはドレスアップして来てくれてたせいか、パーティーっぽいドレス姿になっていた。
長いヘビ姿から、長い髪のイメージだったのか、リリアさんは床に引き摺るほどのロングストレート銀髪だ。ドレスも薄く透ける布を何枚も重ねたような上品で艶のあるデザインで、すらりと細くまとまっている。
身に付けていた装飾品の数々は、それぞれ人型に合わせたアクセサリーに変わっていた。
「あたち、可愛い」
スカートをペチペチ叩いて、リーバがえへんと俺を見上げる。
「うんうん、リーバはいつでも可愛いな」
言いながら頭を撫でれば、リーバは当然と言わんばかりにドヤりつつもにっこりと笑った。
真っ白な肌に真っ白な髪はいつも通りだが、今日はサラサラのツインテールもパーティー風にゆるく縦ロールがかかっている。
真っ赤な眼と同じ色の、赤い石がキラキラと散りばめられた白いワンピースドレスは、ふんわりと揺れていつもより甘い雰囲気になってるな。
しかし、この巣に対してちょうど良いサイズになったとしたら、残ってる要素はどうなってるんだ?
振り返れば、俺と目が合ったニディアが母トラコン……えーと、レンティアさんって言ったか。レンティアさんの後ろに隠れてしまった。
「余った要素は休眠状態で、そこに残っているよ」
ザルイルが俺の仕草に答える。
「爺が見ててくれるので、大丈夫ですよ」
レンティアさんの言葉に、いつもニディアを送迎していたレンガ色のトラコンが巣の外を羽ばたきながら、ペコリと頭を下げた。
あのトラコンは、ニディア達にとって一緒にパーティーに参加するような関係じゃないって事か。……眷属っていうのは使用人に近いボジションなんだろうか?
俺が視線をおろせば、ニディアはまたもやレンティアさんの後ろに隠れた。
……それで、ニディアは一体どうしたんだ?
例の一件で、ニディアがお姫様ドレスを着たいタイプの女子だというのを学んだ俺は、今度は間違いなくお姫様風のドレスをニディアに着せたつもりだが。
なんか気に食わないデザインだったか?
まあ、シェルカに比べてふわふわフリルが足りないのはあるかもしれんが、それはニディアに合わせただけで、今日は髪もロングで上品なお姫様っぽいぞ?
俺とニディアの間に挟まれて、レンティアさんが苦笑する。
「ごめんなさい、この子ったら招待状をいただいてから、プレゼントは何がいいかって、もうずーっとそればっかりで……」
「母上っ!」
プレゼント?
ニディアもザルイルに何か用意して来たのか?
「ようやく用意したと思ったら、今度は喜んでもらえるかってずーっと心配してるんですよ」
「母上っっ!!」
ニディアの非難の声を気にする様子もなく、レンティアさんはにこにこと嬉しそうに話を続けている。
「この子、ヨウヘイさんに好かれたくてしょうがないんですよ」
「……は……母上ぇぇぇぇぇ……」
いや、えーと……。
嬉しそうなレンティアさんの後ろから、恥ずか死にそうな感じの涙声が聞こえるんだが、大丈夫かニディア……。
いやけど意外だな。ニディアは俺にプレゼントを用意して来てくれたのか。
ちょっと予想していなかっただけに、不意打ちで……うん、正直、嬉しい。
俺は、うっかりにやけないように気を引き締めつつ「それは嬉しいですね」となるべく爽やかにサラリと返事をして、話題を変える。
さっきからずっと気になっていた、その大きな四角い塊に。
「ところでその、後ろの四角い塊は一体何でしょうか……」
レンティアさんはうちの巣の半分ほどありそうな、大きな荷物を抱えてやってきた。
いやまあ、うちの巣より大きなレンティアさんにとってはそう大荷物でもないのかも知れないが。巣の外に下ろした時のズシンと響く感じからして、重量も相当ありそうだった。
「あ、これですか? 建材です」
にっこり笑って、レンティアさんが答える。
「建材?」
「ええ、先日と今日までの御礼に、ザルイルさんとヨウヘイさんのお好きな物を建てようと思いまして……」
どこか恥ずかしそうに、レンティアさんは少しもじもじしつつ答える。
ちなみにレンティアさんの姿は、黄色い体表からイメージされた黄色の髪を緩やかにウェーブさせて、パステルイエローのふんわりとした清楚なドレスを着ている。
思うに、俺のレンティアさんのイメージって、黄色しかなかったんだな……。
そんな中で、春空みたいな透き通る水色の瞳が印象的だ。
まあ数はちょっと多いが、ニディアのおかげか人型の六つ目もそろそろ見慣れてきたな。
「……これは、被ってしまったな」
珍しくどこか苦そうなザルイルの声に振り返れば、ザルイルはやはり困ったように苦笑していた。
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