6話 俺は『お母さん』ではない(3/6)
「え……」
じゃあザルイルも……俺に何か用意してた……のか?
いや、俺はザルイルに何も用意してないんだが?
も、もしかして、二週間も時間があったんだし俺も何か祝いの品を準備すべきだったんじゃ……?
背中にじわりと嫌な汗が滲む。
「私のは小さい物だけどね」
ザルイルはそう言って、小さな箱を取り出した。
「ヨウヘイが自然な姿のままで、心地よく過ごせる空間があるといいんじゃないかと思って、作ってみたんだ」
ザルイルが俺に見えるように差し出した箱。そっと蓋を開けられたそこには、極小サイズのソファーにベッドにクッションまでもが、精巧に作り込まれていた。
俺のサイズに合わせた家具……。
よく見れば、箱の内側には壁紙も貼られていて、床部分には細い木の板が隙間無く貼り合わせてある。
床に敷いてあるラグマットはザルイルの胸毛みたいに柔らかそうだ。
これ全部、ザルイルが俺のために、あの大きな手でチマチマ作ったってのか……?
じんと胸が熱くなって、俺は言葉がつかえる前にと慌てて礼を口にする。
「あ、ありがとうございます……」
「君のセンスに合うといいんだが」
「すごく、嬉しい、です」
ザルイルの言葉になんとか答えを返すと、リリアさんが横から箱を覗き込んで言う。
「まあまあ、こんなちっちゃいのよく作ったわねぇ」
「僕も見たい」「シェルカにも見せて」という二人に、ザルイルさんが屈んで箱の中を見せてやる。
「わあ! こういうの『器用』て言うんだよね? こないだヨーへーが教えてくれたよ。父さんとっても器用だね!!」
「お父さん上手、すごい……綺麗……」
キラキラと目を輝かせた子ども達に口々に褒められて、ザルイルはくすぐったそうに笑った。
「こんなミニチュア、私にはとてもできそうにないわぁ」
と言うリリアさんの言葉に、手も足もなさそうなリリアさんとリーバの普段の生活がちょっと気になる。
二人は一体どんな日常を過ごしてるんだろうか……。
「ザルイルさんは目の良い種族ですものね」
レンティアさんも、箱を見たいらしいニディアに押されるようにして箱を覗き込んで、にこやかに言った。
その言葉に、ザルイルが小さく肩を揺らす。
ん?
「そうそう、こないだもこーーんな小さな生き物にエラがあるのを見つけてくれたのよぅ」
リリアさんがジェスチャーで示したのは、俺の実際のサイズに近かった。
「私も、以前ザルイルさんの視力に助けていただいたことが……」
「さあ二人とも席に着いて、飲み物は何が良いかい?」
んん?
ザルイルは、小箱を仕舞うと料理の並んだテーブルの椅子を引いて女性陣の着席を促している。
一見紳士的にも見える仕草だが、ザルイルが人の話を遮るのって、ちょっと不自然じゃないか?
……これはもしかして……。
「あらぁ? 何慌ててるのぉ? 聞かれちゃいけない話しだったわけぇ?」
案の定、リリアさんがにやにやと楽しそうな顔でザルイルをつついた。
それにしても、リリアさんってザルイルの事よく分かってるよな。
「リリア、揶揄わないでくれるかい?」
そう返すザルイルは、確かに言われてみればちょっと焦ってるように見えなくもないが……。正直よくわからないな。
「えぇ? もしかして、ヨーヘーちゃんに隠し事ぉ? 同じ巣の仲間にそういうのは良くないんじゃないのぉ?」
言われたザルイルの長いふさふさの耳が、一瞬ぴょこっと上がって、それからシュンと下がる。
「っ、リリア……」
うん、今度は俺にも分かった。ザルイルがかなり弱ってるらしい事が。
けどなんだ? 俺に隠し事……?
俺はライゴとシェルカとリーバを席に着かせると、向こうの会話を気にしつつも、ニディアを振り返る。
「ほら、ニディアもおいで」
俺の言葉にニディアがびくりとレンティアさんの後ろに隠れた。
が、ザルイルのスマートなエスコートで既に着席していたレンティアさんの後ろでは、ちょっと高さが足りないな。
「どうしたんだ? その格好、気に入らなかったか? すごく可愛いしニディアにもよく似合ってると思うんだが」
尋ねれば、ニディアは既に赤かった顔をさらに耳まで赤くして、俯いたままプルプルと首を振る。
……どっちだ。
「嫌ならデザインを変えようか? 普段の服に近い方がいいか?」
しかし、改めて見てわかった。これは某ゲームでお姫様が着てた服だな。
まあ、俺にそんなにたくさんドレスのイメージなんかあるわけも無いし、仕方ないか。
「……じゃない……」
「え?」
なんだ今の小さな声は。蚊の鳴くような声だったぞ。
俺がもっとよく聞こえるようにと顔を近づけると、ニディアがバッと顔を上げ叫んだ。
「嫌じゃないっ!!」
「ぅわっ」
至近距離でのドラゴンの咆哮に、耳がやられる。
「お前……急に叫ぶなよっ」
キーンと鳴る耳を押さえて言い返せば、間に挟まれていたレンティアさんは
にこにこしながらもしっかり耳を塞いでいた。
さすがにママさんは娘の行動が読めてたらしい。
けど、服が嫌なわけでもないなら、ニディアの機嫌が悪いのは何でだ……?
来た時はもっとストレートに嬉しそうだったよな?
内心首を傾げつつ、俺はむすっとした赤い顔のニディアを席に着かせて、全員に飲み物や料理の取り分けを始める。
「ヨーへー、お客さんいっぱいだねっ、嬉しいねっ」
こそりとライゴが話しかけてくる。
ライゴのふさふさの耳は、ぴょこぴょこ小さく跳ねるようにして、嬉しさを滲ませていた。
その後ろでコクコク頷いて同意を示しているシェルカも、頬を緩ませてニコニコしている。
二人が嬉しそうで良かった。
あの日残念な思いをさせてしまった分以上に、今日は二人に笑って過ごしてもらいたい。
視線を感じて顔を上げれば、ボトルを手にしたザルイルが八つの目を細めてこちらを見ていた。
ザルイルも子ども達が嬉しそうなのが嬉しいんだろうな。
今日の主役であるはずのザルイルは、けれど席に着く事なく女性達のグラスに飲み物を注いでいる。
嫌な顔ひとつしないで、マメによく動く人だよな。
料理を出せば、ニディアも食べる方に興味が移ったのか、母親と楽しそうに話しながら食べてくれた。
俺の作る料理はこの世界に馴染みのない物ばかりだからか、リリアさんとレンティアさんが材料や作り方をあれこれ聞いてきたけど、二人とも料理はするんだろうか?
「もぅヨーヘーちゃん細工が細かいわぁ。そんな手間のかかるのあたしには無理ねぇ」と言うリリアさんはあまりやる気はなさそうだったが、レンティアさんは熱心にメモまで取っていたので、もしかしたら作ってみる気なのかも知れない。
ともあれ、一番心配だった味の方は皆気に入ってくれたようで良かった。
あっという間にデザートになってしまったが、大人達に出したチーズケーキも好評みたいだな。
子ども達には皆の好きなゼリー……じゃなくてセリーか。を出してある。
紅茶に似たふんわりした香りのするお茶を注ぎ終わって俺が席に戻ると、隣の席でシェルカが眉を寄せて左手で額を擦っていた。
「んー……」
「どうした?」
ライゴとニディアはセリーを夢中でかき込んでいる。
シェルカも好きなはずだが、もうお腹いっぱいになったんだろうか。
「えっと、ちょっとね、痒いの……」
痒い? おでこがか?
こっちに来てから虫刺されのようなものには出くわしてないが、なんかそういう生き物もいたりするのか……?
「ちょっと見せてもらっていいか?」
「うん……」
シェルカの額は擦ったせいでほんのり赤くなってはいたが、できもののような影は見当たらなかった。
「大丈夫そうだな」
俺が言えば、シェルカがホッとしたように笑う。
「そっか、良かった……」
花のようなシェルカの笑顔に気を取られてた俺の向こうで、リリアさんとレンティアさんが視線を交わす。
二人の視線を受けたザルイルが小さく頷いた。
「?」
なんだ……?
そこへ、リーバがベチョリとセリーを落とす。
「みぁっ!?」
どうやら最後の一口を思い切り欲張って、スプーンから全部逃げられたようだ。
「あらあらぁ? 落ちちゃったわねぇ。残念ねぇ?」
リリアさんの言葉に、リーバの大きな赤い眼がじわりと滲む。
「あたちの……しぇりぃ……」
「あ、予備があるぞ、持ってこようか?」
立ちあがろうとする俺をリリアさんが仕草で止める。
「もうほとんど食べてたからいいわよぅ。ありがとうねぇ」
「あたちの……」
「ほらリーバ、ママのケーキも一口食べてみない? 美味しいわよぅ?」
言って、リリアさんはリーバの口にケーキを突っ込んだ。
「むきゅ」
ちょっと驚いた顔をしたリーバが、うっとりと目を細める。
「……おいちい」
「でしょぅ? もう一口食べる?」
「たべゆっ」
リーバの大きな一つ目がキラキラと輝く。
はー、さすがはお母さんだなぁ。
俺と同じ感想を抱いたのか、シェルカの隣でライゴが小さく呟いた。
「お母さんかぁ……」
母親の事を思い出してるんだろうか……。
そっとシェルカの向こうを見れば、ライゴは意外なほど明るくシェルカに話を振った。
「僕達にもいたらいいよね」
「うーん……。よくわかんない……」
シェルカがなんとも言えない様子で答える。
すると、ライゴは隣に座るザルイルを見上げた。
「ねぇ、父さんは結婚しないの? 僕、母さんもいたら楽しいと思うなぁ」
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