5話 脱皮と責任と独占欲(3/4)
「父さんの誕生日は、ここ」
ライゴに指されて、俺は巣のリビングとなっている、どでかいクッションが並んだ広い空間の壁を見上げる。
そこには蔦のような植物風の装飾がされていたが、葉のような塊ひとつひとつに確かに何か模様が書かれていた。
これ、カレンダーだったのか……。全然気付かなかった。
「僕は、ここだよー」
ライゴの言葉に、シェルカがふわふわとパステルピンクの耳を揺らして尋ねる。
「シェルカは?」
「シェルカはえっとねぇ……あ。ここだね」
まだ文字……数字? の読めないシェルカの誕生日を、ライゴが代わりに教えてくれる。
教えられても、これが数字なのかどうかもよく分からない。同じような模様が繰り返されていることもなさそうだし、十進数とはまた違う表記なんだろうな……。
「お前が、どうしてもボクの誕生日が知りたいと言うなら、教えてやらないこともないぞ?」
そういうニディアに「ニディアはいつなんだ?」と聞き返せば、嬉々として指差した。
字は読めないが、このひと固まりが三十四〜三十六ほど集まっているところを見れば、これが一ヶ月ほどの単位なんだろうな。俺のとこよりちょっと多めだが。
今日の場所も教えてもらったので、ザルイルの誕生日まで二週間ほどだと言うことは理解できた。
横に並んでいるのが七つなのは、元の世界と同じでありがたいな。
えーと、ライゴの誕生日は俺に会う前に過ぎてて、シェルカもそのひと月ほど前に過ぎてるな。で、ザルイルが二週間後で、ニディアは丸一ヶ月くらい後か。
なるほど、ニディアが俺に誕生日を伝えようとしてたのには、多少の下心があるわけだな?
俺が全員の誕生日を頭に入れて振り返れば、ニディアがニコッと笑う。
ニディアも、黙ってれば十分可愛いんだよな。
女子とわかってからは、ニディアにもスポーティー寄りではあるがそれなりに可愛い服をイメージしているし、髪も少しは長いイメージになった。それでも結ぶほどの長さではなかったが。
「じゃあ、俺は当日の料理担当で、会場の飾り付けはシェルカとニディア。ライゴはザルイルさんへのプレゼントを作るんだったな?」
「うんっ」とシェルカが笑顔で頷く。「仕方ないな」と言いながらもやる気満々のニディアに、「おーっ」と元気に腕を振り上げるライゴ。
「よし、じゃあ各自解散っ!」
俺の声に、シェルカとニディアは顔を見合わせると、手を繋いで子ども部屋に駆けて行く。
ライゴは俺が普段よく使っている工作机に向かったようだ。
俺は……、とりあえず視玉とかいう監視カメラからよく見えるところで、普段通りに保育日誌に向かう体で料理のメニューでも考えてみるか。
ただ、サプライズとなると足りない材料をそれまでの間にこっそり手配しないとだよな。
毎日の料理に使うものとしてザルイルさんに購入を頼みつつ、当日までに賞味期限が切れないように処理しながらストックしていく事になるか……。
これは結構頭を使うな。
二週間あれば準備期間はたっぷりかと思ってたが、料理に関してはここからでギリギリかも知れないな。
俺は、ここに来てから覚えたザルイルさんの好物を頭の中に並べながら、必要な材料を考え始めた。
そんなこんなで、皆で毎日一時間ほど交代しつつ準備をしながら、あっという間に二週間が過ぎた。
元々工作好きなライゴはめちゃくちゃ大作を作り上げたし、シェルカとニディアも折り紙でたくさんの飾りを作って、輪飾りも山ほど作ってくれた。
そして迎えたザルイルの誕生日。
朝から『今日は遅くなる』と言って出て行ったザルイルだったが、この日はニディアが帰っても、リーバが帰っても、まだ戻ってこなかった。
最近は、俺の体格を稼ぐための要素を、俺自身が好きなタイミングで相手に戻せるようにと、術式とやらを組み入れた指輪型のアイテムをザルイルに持たされていた。
ぽとん、ぽとん、と壁にかけられたオイル式の時計が落ちる様を、リビングの大きなクッションに埋もれるようにして座っているシェルカが目を擦りながら見つめている。
この世界のデフォルトがこれなのか、それともこの家の独自のものかは分からないが……、あ、いや、ニディアも当たり前のように読んでいたから、これがこの世界ではデフォルトなのか。
砂時計のようなものをいくつも組み合わせたような大きなオイル時計が、半日に一度、自動でひっくり返される。
その中でも、三十秒ごとにひっくり返されるものと、三時間おきにひっくり返されるものがあって、その組み合わせで時間を知る仕組みのようだ。
慣れるまではなかなかややこしかったが、そろそろ俺も読み慣れてきたな。
「眠いなら寝てていいぞ。ザルイルさんが帰ってきたら、起こしてやるから」
肩を撫でて声をかければ、シェルカは半分ほど夢の中で答えた。
「んー……」
「父さん、今日は遅いね……」
ライゴも流石に眠そうだ。
「ライゴも寝てていいぞ。俺が起きて待ってるからな」
声をかければ、ライゴもこてんと俺に寄りかかってきた。
ザルイルは明日と明後日が休みだから、休日出勤にならないために、今頃頑張ってんだろうな……。
ザルイルは、時々休日にも仕事に行くことがある。
『やり残してしまった』と、子どもたちに申し訳なさそうにしながら。
休みの日のザルイルは良いパパだ。
疲れも溜まってるだろうに。本当は、もっと遅くまで寝ていたいだろうに。
ちゃんといつも通りに起きて、子どもたちと食卓を囲んで、時間の許す限り二人とともに過ごしていた。
俺は、両脇から俺に寄りかかるようにして目を閉じた二人の小さな肩を、温めるようにもう一度ゆっくり撫でてから、壁にかけられた時計を見上げる。
サプライズという言葉に、うっかり俺までがその気になってしまった。
こうならないように、俺が昨日のうちに、ザルイルに早く帰ってきてくれるよう頼んでおけばよかったんだよな……。
俺は自分の気の回らなさを悔やむ。
そしたら、二人にこんな寂しい思いをさせることもなかったのにな……。
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