5話 脱皮と責任と独占欲(2/4)

結局、疲れの溜まっていたリーバは、すぐに寝付いた。

寝ているリーバを起こさないように、静かにお店屋さん……もとい屋台ごっこをしていた子ども達だったが、お日様が閉じてきて薄暗くなってくるとニディアがソワソワし始める。

何度も時計を見る様子に、本当は早く親に会いたいんだなぁと感じる。

お迎えは母親だろうか、父親だろうか。

ザルイルの同僚で出張に行ったのは、母親のはずだったが……。


不意にそよ風が頬を撫でる。

この世界には自然の風は吹かないから、これは……。

子供部屋の大きな丸テーブルで、シェルカと並んで折り紙を折っていたニディアがパッと顔を上げる。

「母上っ!!」


そうかー。あれは母親かー。

迎えに来た黄色いドラゴン……っと、トラコンか。ニディアの母親は、リリアさんほどではないがデカすぎて、顔が霞んでよく見えない。

後ろにはザルイルの姿もあるが、ザルイルよりトラコンの方が二回り以上はでかいな。


竜の姿に戻ったニディアは、嬉しそうに母竜に飛び付いた。

「母上、お帰りなさい!」

おお、母親には素直じゃないか。

この三日、無事に過ごしてくれて本当によかった。

「初めまして、ニディアの母です。ご挨拶が遅れてしまってごめんなさい」

少しゆっくりした喋りで、母トラコンが挨拶をする。

ニディアの母ともなれば、もっと厳格だったりキビキビしたイメージだったが、意外にそうではないらしい。

体色も、ニディアと同じような緑色なのかと思いきや、派手な黄色だもんな。

ん? もしかして、旦那さんは青い竜だったりするのか……?

「突然のお願いだったのに快く引き受けてくださったそうで、感謝しています。この子を三日も預かってくださって、本当にありがとうございます」

母トラコンは大きな体でぺこぺこと何度も頭を下げる。

その度、襲いくる風圧が巣を揺らした。

「ニディアちゃんは三日とも、とっても良い子でしたよ」

俺は、ご飯や睡眠時間などを記録しておいた紙をポケットから出して、この三日の生活の様子をざっと報告する。

途中まで俺が性別を勘違いしていた話は伏せておいたが、ニディアは母トラコンに言うだろうか。

うーん……ちょっと予測がつかないな。

母トラコンは片手でニディアの頭を撫でつつ、俺の話を何度も頷きながら聞いて、時折ニディアと視線を交わしては「良かったわね」と微笑んでいた。

ニディアの金色の瞳がキラキラと嬉しそうに輝いている。

ああ、ニディアも母親には年相応に甘えるんだな。

「こんなに楽しそうな、のびのびとしたこの子の姿は、久しぶりに見ました」

と言われて、娘の顔を見ただけで楽しく過ごしたのが分かるなんて、すごいなと思う。

俺には母親の記憶がないので、母がどういうものなのかはこんな風に外から見ることしかできなかったが、ニディアと母親はとても良い親子に見えた。

どうしようもなく羨ましく思う気持ちに気づかないフリをして、俺は二人に手を振る。

母トラコンは出張先のお土産とやらを置いて、娘がとても世話になったと、俺に何やら後日お礼をしたいと言いながら帰って行った。


一方でリリアさんは、仕事がなかなか終わらなかったと言って遅くにやって来た。

リリアさんには「夕飯を食べさせてあります」と伝えてリーバを帰す。

「まあああ、立派になったわねぇ! 脱皮の後でお腹空かせてるんじゃないかと心配してたのよぅ。よかったわぁ。食べさせてもらってたのねぇ」

リリアさんは、一気に成長した娘の姿に、大きな体をグネグネと揺らして嬉しそうだ。

「ヨーへー、つれてかえる」

「あらあら、おしゃべりも上手になったのねぇ。さ、帰りましょ」

「ヨーへー! つれてかえる!」

リーバは一回り大きくなった体を、リリアさんの尻尾にガッチリ拘束されて、俺を連れて帰ると連呼しながらも強引に引きずられて行った。

リリアさんもリーバも、あんなにぬめぬめしてるのに、ぬるんとはいかないんだな。どういう仕組みなんだ……?


その後ろ姿を見送って、ようやくホッとする。

……よかった。もし万が一リリアさんまでが同意してしまったらどうしようかと、ちょっとだけ……思った。


「なんだ、心配したのかい?」

声をかけられて振り返る。

ザルイルがその両腕に子どもたちを抱き抱えて、俺を見つめていた。

ザルイルにおろされて、二人がわっと俺に飛び付いてくる。

「ヨーへー、行っちゃやだよっ!」

「ずっと一緒にいて……」

もふもふ姿に戻っている二人を、俺はもふもふと撫でて抱き締めた。

ずっと一緒にいるよ。と答えてやりたい。

けど俺は、自分の意思でここにきたわけじゃない。

だから、いつここを去るのかを俺が決める事はできなかった。

「子ども達がこんなに気に入っている君を、差し出すはずがないだろう?」

ザルイルも、二人の後ろで笑ってそう言ってくれる。


俺は、いつ訪れるかわからない別れに軋む胸を堪えて、そっと微笑み返した。


***


「ザルイルの誕生日会?」

俺の言葉に、ライゴが「うん!」と満面の笑みで頷いた。

へえ、そうか。誕生日を祝う習慣は、ここにもあるんだな。


「父さんはあの視玉からちょこちょこ僕たちの事見てるけど、声は届かないんだよね」

ライゴが家のど真ん中に固定されている丸いガラス玉のようなものを指す。

あ。あれってそういう装置だったんだ?

それを聞いて、俺はちょっとホッとする。

じゃあ、俺が毎日歌ってる適当な替え歌とかは、まだザルイルには知られてないんだな。


「それに、見えるのはあそこから見えるとこだけだから。あそこに写る場所ではいつも通りにしてれば、きっと父さん気付かないと思うんだ。だからさ、今年の誕生日には、びっくりパーティーをしようよ!」

なるほど、サプライズパーティーか。

「いいアイデアだな。俺もザルイルさんにはいつもお世話になりっぱなしだし、なんか喜んでほしいよなぁ」

「うんうんっ」

俺が同意すれば、シェルカも一生懸命頷いている。


「あたち、ねむい……」

リーバが、俺の膝の上で興味なさげに目を擦る。

「そうか、リーバはお昼寝しようか?」

「ん……」

俺がリーバを抱いて立ち上がれば、もう一人が口を開いた。


「ボクは別に、協力してやっても構わないぞ?」


その、素直なんだかそうじゃないのか分からない言葉に、俺はげんなりと緑色の頭を見下ろした。

……だから、何でお前は今日もここにいるんだ……?


あれから、ニディアは四日ほど顔を見せなかった後に、リーバと同じように五日きては二日休むというペースで俺たちの家に来ていた。

一週間だとか曜日だとかは聞いたことがないが、どうやらザルイルたちの会社は週休二日で、土日に休みが入るようなパターンらしいな。


「今まで通っていた保育園はどうしたんだ?」と尋ねてみれば「もうやめた」ときっぱり返事が返ってきて、俺は頭を抱えた。


おいおいおい、せっかく通えてたのに、そんな簡単にやめるなよ。

というかうちは保育園じゃないぞ?

俺が体調崩したらどうする気なんだよ。

そう思ってから、ようやく気付く。

本当に……俺が具合悪くしたら、こいつらどうするんだ……?

それに、もし保育中に急に俺が元の世界に戻ったら……??

ぞくりと背中に冷たいものが流れる。


……と、とにかく、健康第一で頑張らなきゃな。

いや……もしもの時のために、ライゴにだけは伝えておくか。

「……あのな、ライゴ」

俺の声にライゴがくるりと振り返る。少し遅れてふわんとついてくるふさふさの耳は、こんな時でも愛らしい。

「もし俺が急にどこにもいなくなったら、すぐザルイルさんを呼ぶんだぞ」

俺の静かな声に、ライゴが固まる。

「え……。ヨーへー……どっか行っちゃうの?」

ライゴの表情が不安に曇る。

「もしもの話だ。もしも、な。ほら、ザルイルさんの誕生日、何して盛り上げるか考えよう」

「う、うん……」

明るく笑って、小さな背を励ますように叩けば、ライゴはブルーグレーの瞳に不安を残しながらも頷いた。

不安にさせてごめんな。

けどこればっかりは、俺にもどうしようもないんだよなぁ。

……いつ帰れるのかも、ずっと帰れないのかも、俺にはまるで分からないままだった。

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