5話 脱皮と責任と独占欲(1/4)

「そ……そうだったのか……」

そういや性別は聞いてなかったな。

ドラゴンって言われて、てっきりオスだと思ってしまったが、そりゃメスのドラゴンだっているよなぁ……。


ニディアの叫びに、やっと俺の腕の中でうとうとしだしたリーバがぴーぴー泣き出す。

よしよし、ごめんな。起こしちゃったな。

俺が慌ててあやし始めると、ニディアがじりっと距離を詰めてくる。

「ま、待て待て、これは完全に俺のミスだ。謝る。本当に失礼な事をした。ごめんなさい」

しかし、ニディアはなおもじりじりと距離を詰めてくる。

うっ、リーバだけでも逃した方がいいか……!?


けれど、ニディアの次の言葉は意外なものだった。

「反省するんなら、責任を取れ!!」


「せ……責任!?」

俺にどんな責任があるって言うんだ……!?

あ、ドレスをもう一着作れってことか?

そう解釈したところに、もう一つ驚きの発言が来る。


「ボクと結婚しろ!」

「結婚!?」

思わず繰り返した言葉に、シェルカが反応する。

「だっ、だめぇぇぇっ。ヨーヘーは、シェルカと結婚するのーっっ」

いや、というか、この世界にも婚姻制度があるのか……?

俺の脳裏に、前から気になっていたライゴとシェルカの『母親』の存在がよぎる。

二人から母親らしき存在の話を聞いたことは、いまだに一度もない。

だが婚姻制度があるとするなら、ザルイルはバツイチって事なのか……?


そこへ、ハラハラと事の成り行きを見守っていたライゴまで、慌てた様子で駆け寄ってくる。

「違うよ! ヨーへーは、僕とつがいになるんだよっ!!」

ライゴも参戦するのか。

リーバをあやす俺のエプロンの裾を引っ張るシェルカに、俺の腰に抱き付いてくるライゴ。ニディアは触れてこそ来ないが、ジッと俺を睨みつけている。

うーん、これは突然のモテ展開か? 保育士あるあるだな。

結局、給食のプリンとかママとかに負けるやつだろ?

俺が内心でそっと達観していると、突如、腕の中で リーバが大きく震えた。


「うお、脱皮か!?」


ええと、平らで安全な場所におろして……。

サークルに下ろした途端、もこもこうにうにとリーバの外側と内側が別々に蠢く。

いやこれ、人型だと余計えぐいな。

まあ、見た目がこう見えてるだけで、実体には変わりないからこの形状のせいで引っかかったりはしないと言っていたが……。

……というか、あのつるんとしたフォルムのどこにひっかかりようがあるのか、聞きたいくらいだよな。

俺の思った通り、皆の見守る中、リーバはそう長い時間をかける事なく、脱皮に成功した。


今まで肩につくかどうかくらいだった真っ白な髪は、ぐんと伸びていて、高い位置で左右に括ってある。

ぷにぷにしてちぎりパンのようだった手足も、すっと伸びて幼児らしさが……。

……って、急に二歳児くらいの見た目になったんだが!?


殻をペシャッとその場に脱ぎ捨てて、リーバはキョロキョロとあたりを見回す。

俺と目が合えば、そのままトテテと歩いてきた。

……あ。もうそんないきなり歩けちゃうんだ?

やっぱ異形達の生態は人間とは随分違うな……。


そんな違いを思い知る俺の足に、リーバはギュッとしがみついた。


え、いや、脱皮後って、体乾かしたりとかしなくていいのか?

これ、脱皮したての体って、触ってもいいものか……??


「あたちの」

お。しゃべった。


「あたちの、だもん、こえ」

でもまだまだ喋りがたどたどしくて、可愛いな。


ん? こえ……『これ』ってなんだ……?


「違うよっ。ヨーヘーは、父さんが僕にくれたんだよ! 僕のだもん!!」

慌ててライゴが叫ぶ。


ああ『これ』って俺の事か。


ライゴに負けじとシェルカも必死で訴える。

「シェルカ、ヨーヘー助けたもん。ヨーヘーも、シェルカのこと助けてくれたから、一番仲良しだよっ?」

ニディアもそこは譲る気がないのか、ぐいと胸を張って答えた。

「こいつはボクの牙を受けても怯まなかった、ボクの夫の一人にしてやっていい」


ふむふむ。ライゴの主張はもっともだな。

シェルカの訴えも可愛い。

ニディアは意外と俺を正当に評価してくれてんだな。

というか『夫の一人』って、こっちの婚姻制度はどうなってるんだ??


「……あたちの……」

足元からもしっかり主張が届く。

「……あたちの、だもん……」

じわりと幼い声が滲んで、俺はその場にしゃがむ。

「リーバちゃん、まずは脱皮おめでとう。よくがんばったな」

俺と目が合えば、リーバは一つだけの真っ赤な瞳をぱちと瞬かせた。

……ん? 今……目の中で、もう一つなんか瞬きしなかったか?

「だっこ、ちて」

小さな両手が俺へと伸ばされる。

「もう体に触っても、大丈夫なのか?」

尋ねれば、コクリと小さく頷かれた。

真っ白な肌に真っ白な髪。サラサラのツインテールが頷きに合わせて揺れる。

抱き上げれば、ふにふにとして柔らかくはあったが、触ったところが凹んだままになるような事はなさそうでホッとした。

まあ確かに、脱皮したらしばらく触るなとは言われていなかったが。でもなんか、この世界の常識的なルールみたいなのもありそうだからな……。


考えつつ胸元に抱けば、リーバは小さな口から人間離れした長く細い舌を伸ばし、俺の首をするりと一周させた。

な、なんだ?

そのまま、小さな舌先に頬をチロリと舐められる。

「!?」


「しりゅし、つけた。あたちの」


思わず笑顔が引き攣る。

怖えええええ!!

『印』ってなんだ『印』って!! マーキング的なやつか!?

なんかの契約的なやつじゃないだろうなぁ!!??


内心で叫びを上げる俺に気付く様子もなく、リーバは俺の胸元に顔を擦り寄せて、小さなあくびを一つこぼす。

あ……、ああ、そうか。連日の寝不足と脱皮で疲れてるんだな。

「うた。きく」

歌えって事か。

俺が口を開こうとしたら、足元にギュムっとライゴとシェルカがくっ付いてきた。

「シェルカもっ、ヨーへーとチューする!」

は!? 今のってキス的なもんだったのか!?

「僕もっっ」

お前もしたいのか!?

「……ボクも別に、許してやらない事はないぞ」

いや、俺は誰一人求めてないからな!?

「だめ! あたちの!」

お前はさっきから独占欲強いな!?

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