4話 折り紙とシャボン玉(4/4)

三人並んで眠る寝室から抜け出して、扉をそっと閉じる。

ニディアとシェルカは手を繋いで眠っていた。

いやぁ可愛い。癒される。

今日はあれからずーーっと一緒に遊んでたもんな。

シェルカに年上男子かー。

ほんわかでちょっとぼんやりさんなシェルカには、ニディアくらい頼り甲斐のある子が合うんだろうか。

そんな事を考えながら、俺はウキウキと紙を切る。

明日は、子ども達の大好きなお店屋さんごっこをさせてやろう。

あの二人なら、やり取り遊びも十分できそうだし、ライゴもお客さん役を喜んでやりそうだ。

ニディアならトッピングが色々選べるピザ屋さんがいいかな。

ライゴとシェルカには器に入れるだけで完成するような、うどん屋さんか蕎麦屋さんだな。こっちの麺類は何て言ってたっけなぁ……。


俺は棚に残った材料と睨み合いつつ、ああでもないこうでもない、と工作を続ける。

「ヨウヘイ、まだやっているのか? あまり根をつめていると体を壊すぞ」

不意に声をかけられて顔を上げれば、ザルイルが覗き込んでいた。

「ああ、すみません、そろそろ体を返さないとですよね……」

もうザルイルも寝る時間だ。

「いや、それは良いんだが……、何か私に手伝える事はないか?」

えっ、……えええ?

いやいや、こんなダンディな人がハサミでチョキチョキとか似合わないよな。

ザルイルは俺に体を分けるついでに。と、最近家では人の姿をしている事が多い。

普段はもふもふすぎてどんな体型なのもよくわからないのだが、俺は彼の紳士的な態度に常々『紳士』を感じていたからか、人型の彼はスラリとした細身の体躯にスリーピースの品の良いスーツ姿で、なんだか英国紳士のような雰囲気を纏っていた。

元々ライゴ達より毛足の長いザルイルは、毛色と同じ濃い紫の髪が肩下までかかって、すっと通った鼻筋に切長の目、琥珀色の瞳に見つめられれば、目が逸らせなくなるほどに整った顔をしている。

まあ目の数は八つだが、元々半分は閉じている事が多いからか、そこまで違和感はなかった。

初め『ヨウヘイが私を、どんな風に見ているのか知りたい』と言って人型になったザルイルだったが、その姿を気に入ったのか、以降すっかりその姿でいる時間が長くなっていた。

ん……? いや、まさか、俺がその美貌を眼福だと讃えてしまったからじゃないよな?

俺のために、俺の目の保養のためにその格好をしてくれているんだとしたら、なんだか申し訳ないんだが……。

流石に、それを直接尋ねる度胸は、俺にはない。


「い、いや、もうすぐ終わるんで、先に休んでいてください」

俺が答えれば、ザルイルはしょんぼりと肩を落とす。

て、手伝いたかった……のか……?

「ヨウヘイ……。君にばかり、無理をさせてしまって、すまない……」

「あ、いや、これは俺が好きでやってる事なんで、気にしないでください」

慌ててバタバタと手を振って告げれば、ザルイルが端正に整った顔で苦笑する。

うーん、美しい。やっぱり美人ってやつは男女問わず目の保養だなあ。

「君のおかげで、子どもたちは毎日本当に楽しそうだ。感謝している」

ザルイルは、ライゴ達の寝ている子供部屋へチラリと視線を投げると、俺に向き直り改まった風に俺をじっと見つめて続ける。

「私は、君に会えて本当によかった……」

うっ……。やばい。そんな風に言われてしまうと、嬉し過ぎて涙腺が緩みそうだ。

「お、俺こそ。良い人に拾ってもらえて、助かりました」

何とか涙を堪えて答えると、ザルイルはやはり琥珀色の瞳を細めて、美しく微笑んだ。


***


翌日、リリアさんは「今日には脱げると思うんだけどぉ」と言いながらリーバちゃんを俺に預けて行った。

「子どもの時期は、脱皮不全で死ぬ子が時々いるのよねぇ。よぉく見ておいてねぇ」

と何やら不穏な言葉を残して。


いや、今日脱げそうなら、今日はお仕事を休まれてはいかがですか???

思わず喉元まで出かかった言葉を何とか飲み込んで、俺は人型になったリーバを抱き上げる。

と、後ろから俺の腕の中のリーバを覗き込むようにして、ニディアが声をかけてきた。

「脱皮か……。ボクも苦戦した事が――いや、ボクではないが、園でも苦戦する子は多いな」


……お前も苦戦したんだな?

そんな思いを顔に出さないよう気をつけながら「そうか、大変なんだな」と答えると「お前は保育士のくせにそんな事も知らないのか?」と返された。

それでも、一日目に比べれば、ニディアはその態度も表情も随分と柔らかくなっている。

ニディアを預かるのも、今日で最後だな。

今日一日、何事もなければいいんだが……。


リーバは昼までほとんど寝る事なく、ぐずぐずで過ごした。

「どうした、むずむずするのか?」

声をかければ「ぴぇぇ」と答えるように小さな泣き声が戻ってくる。

うーん。俺にはよくわからんが、脱皮ってのも大変なんだなぁ。


ぐずぐず言うものの、抱いていれば大泣きはしないリーバをあやしつつ、お店屋さんごっこの店舗を並べる。

「わぁーなになにー? 今日は何するのー?」

真っ先にやってきたのはライゴだった。

「今日はな、お店屋さんごっこだぞー」

「お店やさん?」

シェルカが首を傾げる。

「なるほど、屋台販売の真似事だな」

ニディアが納得顔で頷いている。

こっちの世界の屋台ってやつも一度見てみたいんだよな。

ザルイルも昼食に『屋台で買ってきた』と言って色々な食べ物を持ち帰ってくれるが、どうやらこの世界では、ガッツリお肉も美味しい惣菜もスープやデザートまで何でも屋台で売ってるらしい。

この家の絵本にも、度々そんな屋台が登場していた。

「お店屋さんの衣装もあるぞー」

紙製の簡易的なやつではあったが、絵本を参考に、それらしいサンバイザー風の帽子やらエプロンやらを用意しておいた。

子どもがこういう、紙とかビニールの服を嬉々として身につけてる姿って可愛いんだよな。

そういや、この世界ではまだビニールは見てないな……。


「えっ、ううん。私より、ニディアの方が似合うと、思う……よ……?」

「ここはシェルカが着たらいい、ボクは別のものにするから、大丈夫だ」


ん? なんかあったか?

ライゴに紙製のエプロンを着せて振り返れば、衣装を選んでいたはずの二人が立ち尽くしている。

会話までは聞き取れなかったが、見ればシェルカのために用意しておいたお姫様ドレスの前で、シェルカとニディアが困ったような顔をしていた。


「どうしたんだ?」

俺は、険悪なムードではない事にホッとしながら声をかける。

どうやらお互い、相手のためにと譲り合っていたようだ。

「こっちにかっこいい王子様の衣装もあるぞ。ニディアはこっちにするか?」

俺の言葉に、なぜか空気が凍る。

と同時に、ニディアからじわりと不穏な気配が漂う。


えっ、な、なんだ……!?


「お前……まさかとは思うが、ボクのことを……男子だと思ってないか……?」

怒りの込められた低い声で、ニディアが問う。

グルルという唸り声が部屋中に響く。

………………ん…………?

「ち、違う……のか?」

ニディアの後ろでシェルカが青い顔で首を振っている。その向こうでは、ライゴも同じ顔をして首を振っていた。

なんだその反応は。

もしかして、気付いてなかったのは、俺だけってやつか……?

冷たい汗が背を伝う。


ニディアは思い切り息を吸い込むと、巣が震えるほどの怒声を響かせた。

「ふざけるな! ボクは!! 女子だーーーーーーーーーっっ!!!」

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