第39話 なくなったもの

「あの部屋にお金はほぼなかったと思います。物も一時帰省でかなり減らしたし……」


盗みに入るようなものはなにもないはずだ。もしかしたら絵の盗作でもするのかと思ったけど、絵が入っているデータも置いてはいない。

でも、盗みに入ろうと思えば入れる環境だった。鍵は簡単なものだし、帰省中はスタッフに預けていた。


「金銭目当てじゃなくて、hikariさんのストーカーじみたファンの仕業かもしれない。その可能性も考えておいてほしい」


井出さんはそう言うけれど、考えれば考えるほどにくらくらした。合宿もあと少し。なのにこんな問題が起きてしまうなんて。

隣を見れば、結城君の方が私よりも真っ青になっていた。それを見て不謹慎だけど少しだけ恐怖は薄れる。ネガティブな彼だからこそ今こんなに不安で、きっともっと怖いことを想像しているはずだ。私が前向きにならないと。


「野生動物だったらいいな」


それが私の精一杯の前向きさだった。






■■■






結論から言うと、野生動物ではなかった。明らかに人の手によって、引き出しやらクローゼットから中のものを外へと放り出されている。何かを探しているように。

服やコスメや下着の袋までひっくり返されていてドン引きしたけれど、それらはなくなってはいない。

ただ、一つだけなくなっていたものがある。しかしそれは私のものではない。


結城君から預かったクロッキー帳がなくなっていたのだ。


「hikariちゃん、物は袋か段ボールかに詰め込んで。そしたら私らで使ってない別の部屋に運ぶから、そっちで過ごしてね」


気遣うようにふらみんさんと女性スタッフが言ってくれた。部屋の鍵は壊されていたし、一度空き巣が入った部屋にいたくないだろうと、別の部屋に移動するという配慮をしてくれた。


一時帰省したおかげで荷物は少ない。すぐに部屋の引っ越しは終わって夕食のため食堂に行こうとした。すると宿泊棟近くに結城君と太陽さんと青柳さんが居た。心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫だった?」


おろおろと太陽さんが聞く。そうか、男性陣にはまだ細かな事情は伝わっていない。とくに結城君にはちゃんと話しておかないと。


「ごめん。結城君から預かっていたクロッキー帳が盗まれたの」

「え?」


人から預かったものを盗まれるだなんて最悪だ。でも本当になんでだと思う。もしかして犯人は結城君目当て? でもそれなら最初から私の部屋は狙わないだろうし。


「……そっか。僕的にはその方が良かった。なんか、目的がはっきりしていなくて気持ち悪いけど」


確かに気持ち悪い。盗作かストーカーかは知らないけれど対策の練りようがない。

しかし太陽さんが庭のガゼボを指差した。


「ふらみんちゃん、スタッフさんに夕食遅れるって伝えてくれる? 俺と真白とhikariちゃんで話したい。もしかしたらわかることがあるかもしれない」

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