第37話 ひらめき

一般的に人気があるとしたら主人公になるような、雨宮さんのようなさわやか好青年タイプだ。でも月山さんみたいな人も人気はある。それは月山さんに『味がある』ということだろう。


「味ある作風で百人中百人に好かれるのは難しいけど、うち一人にすごく好かれやすい。それを世界でやれば百人以上にする事は可能でしょ。せっかくネットで世界が身近になっているんだから、そういう考え方のほうがいいよ」


スミレは『百人のうちの一人だけが好きな人』だ。月山さんが好きというのは少数派ではあるけれど、それだけに強く思っているし、そういう人は探せばいっぱいいる。

世界は広くて上を見れば絶望してしまうかもしれないけれど、それだけにスミレみたいな人がもっといると考えれば悪くないと思えてくる。そう思うようになれば、皆が諦めなくなるのでは?


「万人受けしなくても好きな人が絶対いるような絵を描けば……」


脳がオンオフをさかんに繰り返すような感覚。これは閃く時の前兆だ。

そしてアイスティーの氷がカランと音を立てると同時に、色んな事が結びつく。


「課題作品、できそうかも……」


ふわふわとしたやわらかい何かができた。これに一瞬で形や色を決めていく。残りのドーナツは一口で食べきった。もうそのことしか考えられない。


「いいよ、ギリギリまで描きなよ。時間来たら教えてあげるから」


今すぐ集中したいけど友達と一緒だから、と気にする私を察してスミレはそう言ってくれた。しかも時間まで管理してくれるとは。多分今集中したらどこかで遅刻するからありがたい。


「ありがとう」


記憶から消えていかないように、私はタブレットで急いで描き始めた。






■■■






スミレのおかげで作品はできつつあるし、なんとかスタッフさんとの約束の時間に間に合いそうだ。

別荘の最寄り駅で電車から降りると、結城君は別の車両から降りた事に気付く。


「結城君、一緒の電車だったんだ」

「うん。……話しかけようとしたけど、集中していたみたいだから」


どうやら結城君は早々に私の存在に気づいていたらしい。私は作業中でまったく気付かなかったのに。それも課題に集中していたためだ。


「あぁ、ありがと。おかげで課題、なんとかなりそうなんだ」

「そうだと思ってた。良かったね。楽しみにしてる」


一日ぶりの結城君は、なんというか、雰囲気がやわらかくなった気がする。一日でも帰省したせいだろうか。そういえば合宿初日の緊張はすごかったもんな。


「結城君、家や学校でどうだった?」

「両親は……何度も配信見てたな。もういいのにって言っても見てるんだ。親ばかだから。学校もそんなかんじで。あんなに人に囲まれたのは初めてかもしれない」


良かった、結城君の所は皆好意的なんだ。これならもうリアリティーショーに対して変な恐怖心はなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る