第33話 耳

そんな私の気持ちを察して、太陽さんは事前にきっぱり言う。


「hikariちゃんも青柳さんに同情しないほうがいいよ。あの人の実家、かなり太いからね。親に仕事を認められてないっていうけど、何もしてなくたって生きていけるし。多分慰めてくれる彼女もいっぱいいるし。クロ君風に言うと『リア充爆発しろ』だから」

「それは、ちょっと同情しかけたのがバカらしくなりました」


それを聞いてホッとした。もし青柳さんが貧しくてお金目当てだったら私もうっかり協力したかもしれない。でも青柳さんの目当ては名声。それ以外では基本恵まれているんだもんな。

こうして賄賂に女子の好きそうな小さくお高いお菓子を持ってくるということも食べ慣れているということだ。多分彼女の機嫌取りと同じ手段で、よくやる手段だとわかる。


「あぁ、そうだ。hikariちゃん、耳見せてくれる?」

「耳?」


青柳さんの話が終わったかと思えば太陽さんから変なお願いをされた。

耳。体の一部ではあるけれど、普通に皆露出しているもので、妙なお願いではない。でも異性の体の一部を見せるというのは、なんだか変態くさくて後ずさる。


「あ、待ってそんなびびんないで。変なお願いじゃないから」

「いや、耳なんて今出しているんで勝手に見てくださいよ。至近距離とかじゃなければ別にいいんで」


今私はいつものおさげを後頭部でまとめている。耳はとくに隠れてはいないはずだ。でも一応おくれ毛を耳にかける。太陽さんは長い前髪の隙間から私の耳を見た。


「うん、なるほど。面影ある」


おもかげ? 聞き返そうとしたけれど、無駄な気がした。太陽さんはかなり突拍子のない人間だけど、ちゃんと説明をしてくれるけれど、それでもやっぱり理解ができない所もある。


「実はね、クリスタルがわかって、登喜子さんに確認したんだ。登喜子さんは答えを察してて、多分正解してんだろうね。泣かれちゃった」

「それは……本当に正解って事じゃないですか」


太陽さんは答えを聞きたがる青柳さんをなんとかするために嘘をついたのかもしれなかった。勘違いの可能性もあった。でも本当に太陽さんはクリスタルを当てているようだ。

それが嬉しくて、奥さんの登喜子さんは泣いてしまったらしい。


「うん。登喜子さんは俺の推理に納得しててね、それから辞退した俺に感謝して泣かれた。だから辞退する俺の判断は間違っていないと思う」

「……ええと、それはもし誰かがクリスタルを見つけたとしても辞退するべき、ってことですか?」

「ううん、そうじゃないよ。好きにするといい。実際俺テキトーだからね。この別荘の権利とかもらえても維持とかちゃんとできないだろうし」


それはちょっと思った。私だって色んな維持ができるかといえばできないけど、太陽さんはもっとできそうにない。ふらっとどこかへ旅立って、帰って来たときにはこの別荘はカビたり雑草が室内まで入り込んでいそうだ。


「だから人のために動ける人が後継者になるといいと思うんだ。ヒントはクロッキー帳だよ」

「え?」

「さぁお菓子食べちゃおう。俺が食べた方が青柳さんも気にしないだろうし」


と、太陽さんはさらっと言葉に重要な情報を混ぜて賄賂だった小さな箱に手を伸ばした。私がもらった太陽さんがお菓子を食べるのはいいとして、また現れたヒント。

よく太陽さんはヒントをくれる。それは私達が人のために動くと知っているから。だから私が勝てばいいなと思ってくれて、教えてくれているのだろう。


しかしクロッキー帳って……そんなのこの別荘にどれだけあるというのだろう。絵や彫刻でないとわかっただけまだましだけど。

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