第32話 辞退者
「……どうして太陽君はそこで諦めるんだ。君だって後継者の肩書は欲しいだろう? これがあれば誰もが認める。美術で生きることができて、生活だって困らないのに」
自分とは違う考え方の持ち主に青柳さんは困惑していて質問する……というよりは自分が納得するような答えを求めている。しかし赤城さんはそれを持ってはいない。
「誰もが認めるって、そんな事ないよ。そもそもクリスタルだって王崎先生の思う傑作であって、大衆の思う傑作じゃない。神経衰弱で一発でペア引くくらいのことだよ。すごいけど運でも当てれるようなこと、それだけ」
太陽さんは力の抜けた笑みで答える。それが青柳さんの緊張状態とは対象的だ。
大衆の思う傑作ってつまりは代表作だ。でもこの企画は代表作を当てればいいというわけじゃない。王崎晶の思う傑作。つまり本人の心にしかないもの。それを当てれば後継者となれるけれど、後継者と言うよりは王崎晶の理解者と言った方がいい。
理解者となるとそれほど世間にはウケなさそうだ。一時話題となってそれで終わりになるかもしれない。
「一人の人間の心を理解するってとても難しいよ。だから後継者になるのはすごいことだと思う。でもそれって心理学者とか研究者とか奥さんでもできることで、芸術家だからできるってわけじゃない。後継者になったからって作品が売れるわけじゃないよ」
「……それでも僕は諦めたくはないよ」
「わかった。でもやらせはこの番組にはないよ。そりゃあちょっとは演出するけど、勝者は決まってない。この番組スタッフやhikariちゃんは真面目にしているのに、そんな疑いは失礼だ」
太陽さんの諭すような言葉に青柳さんは何も答えない。しばらくして青柳さんは私達には目もくれず立ち去ってしまった。
私はほっとするけれど、これからの合宿生活が不安になる。あれで本当に納得できたのだろうか。
「青柳さん、大丈夫でしょうか……」
「わかんない。まぁ、またあの人にしつこくされたら俺か真白を頼りなよ。あの人にはプライドあるから俺達にはクリスタルが何かを聞こうとしない。自分が芸術家である事にこだわってるからかな。ひどいことにはならないよ」
「それは……私が芸術家ではないから私が見下されてるってこと?」
芸術家には芸術家。例え太陽さんが答えを知っていたって青柳さんは土下座して聞き出したりしない。でも私には賄賂持ってきて聞く。それは見下されているということ。
「見下してるというか、尊敬しているんだろうなぁ。絵でお金を稼ぐのって大変なのに、hikariちゃん達は十代のうち、それも独学でそれをやっちゃったわけだし。でも、行きすぎた尊敬は人として見てないって事で失礼なんだけどね」
あぁ、なんかわかる気がする。私も成績のいい子に勉強を教えてもらったりしたけど、それはその子の成績がいいからだ。尊敬ではあるけれど、彼女にも時間があってそれを都合よく利用しようといる。それに近い。
自分の悪い部分と青柳さんが重なって自己嫌悪してしまう。尊敬だとしてもこういう扱いは嫌だな。でもそれだけ青柳さんも困っているのかもしれないし。
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