第31話 絵を売るために

「もともと無理な話なんだよ。色んな方面で長期に渡って活躍する芸術家の、本人が思う傑作を選べだなんて。でもそれができたとしたら?」

「………有名になる?」

「そう。この世界は名声が大事なんだ。そうすれば芸術のわからない人でさえもありがたがって買ってくれる」


そんな悲しい事を言う青柳さんが、結城君と重なった。これからの美術なんてと悲観的に思っていた彼と同じだ。

確かに美術がわからない私からしてみれば、わかりやすい肩書のある画家の作品がいいと思ってしまう。だから青柳さんは肩書が欲しい。そうすれば絵が売れるから。


「……そんなにお仕事が厳しいんですか?」

「そうだね……辛うじて暮らしていけるけど、親が反対していてね。でも王崎先生の正式な後継者になれば許してくれると思うんだ」


このあたりは聞いても仕方ない話だ。それでも青柳さんは教えてくれた。私がやらせで勝つと思われていて、答えを教えてほしいからとこんなにも素をさらけ出しているのだと思う。


なんと答えればいいのだろう。そもそも答えを知らない私には何もできないし、何を言えばやらせはないと信じてくれるのだろう。


「俺はクリスタル、わかったけどねー」


ガゼボ裏の茂みが喋った。もとい、茂みに太陽さんがいた。いつものようにもじゃもじゃ頭やつなぎに葉っぱを乗せている。それを払いのけることなくずいずいとガゼボの私達に近付く。


「太陽君、いつから……」

「なんかおいしそうな匂いがしたからー」

「つまり最初からじゃないか!」


太陽さんは賄賂のお菓子に引き寄せられたらしい。青柳さんは青い顔をして彼から距離をとる。

いや待って。それより太陽さんクリスタルがわかったって、そんな事を青柳さんに言ってしまうなんて、問い詰められるに決まっているのに。


しかし青柳さんはそれを聞かない。聞きたさそうにも見えるのに。

それは年が近くて芸術家として認めている相手だから、かもしれない。私相手ならプライドを捨てたような事もできるけれど、太陽さん相手じゃそうはいかないようだ。


「まぁ、俺はこの企画イチ抜けるつもりなんだけどさ」

「イチ抜けるって、え?」

「うん、実家に帰りますー」


太陽さんは軽く言う。その軽さについていけない。風船みたいにふわふわ飛んだ発言だ。太陽さんは説得するようにゆっくりと辞退理由を語る。


「だって、意味がないんだもん。クリスタルは俺が見つけるべきじゃないから。不真面目な人が真面目な人に混ざるのはよくないよー」

「いやでも脱落とかそういうシステムないですよ。課題作品制作だって発表あるでしょう?」

「あ、そっか。うん。クリスタル探しだけ辞退するってスタッフさんに伝えるよー」


なんとか私の言葉で太陽さんは課題作品制作の事を思い出し、クリスタル解答権辞退だけにとどめておいてくれた。

でもなんだろう、『俺が見つけるべきじゃない』って。他に見つけるべき人がいるから辞退するってこと? それはやらせでは?

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