第11話 スマホの壁紙

ん? と疑問に思う。本来サインは転売防止に贈る人の名前を入れるものだけど……まぁ、このお上品な登喜子さんが転売するとは思えない。おばあちゃん限定の転売なんてもっとない。登喜子と、一つずつ字を説明するのややこしいからかな。『おばあちゃんへ』と入れておいた。


「ありがとう。私はたまにここに滞在しているから、これからよろしくね」


サインを受け取って、登喜子さんはとびきりの笑顔を見せて、スタッフの丁寧な案内でアトリエを去った。こんなに緊張するサインはなかなかない。


「……今の時代、一番見たい絵はスマホの壁紙になるのかな」


突然結城君がそんな事を言い出す。登喜子さんの話と、先に話していた芸術家でいるのは大変という話を繋げようとしているのだろう。


「昔は皆、見たいものを壁に飾っていた。いつでも見れるように買う人もいたし、何度も美術館に足を運ぶ人もいた。でも今はそういうのより、スマホの壁紙でいつでも見れるようにしてる」

「あぁ……」


その話に私は納得した。私もスマホの壁紙はよそのうさぎキャラクターだったりする。登喜子さんはあいすくりんうさぎ。他にもアニメキャラやアイドルとか好きな場所とか、家族だったりする場合もある。スマホの壁紙は見ようと思えばすぐ見れる場所だ。

実際壁にポスター買って貼ったり展示を見に行く人だっていなくはないけど、それは少数派。そもそも絵画とポスターは似ているけど値段が違う。


「もう油絵なんて、今の世には必要とされていないんだ」


反論できないネガティブなつぶやきだった。世界はどんどん変わっていく。これだけ精密に絵を再現する技術ができたのなら、油絵を買おう見にいこうと思う人は減る。

馬車はなくなって自動車になった。まれに馬車を好む人もいるかもしれない。でもそれだけじゃ御者は食べていけないように。油絵もきっとそうなんじゃないか、と。


「いやー、参ったよ。肉とか野菜とか山程盛られてさぁ」


と、ここでいっぱい食べさせられて血色の良いクロさんが合流した。彼もまだ飲酒できないからこっちに来たのだろう。東屋がネガティブな場になったので、自身を陰キャと自虐しながらも実はそうでもないクロさんの登場にある意味ほっとする。


「ていうか二人、話しはずんでた? 何の話してたん?」

「中世美術と現代美術の差異について話していました」


結城君、なんでそんな難しげな話にしているんだろう。なので私がなるべく噛み砕いて何の話をしていたか説明する。一つ年下とはいえ頼られて嬉しいのか、クロさんは生き生きと持論を展開する。


「あぁ、つまり芸術が必要かどうかってことか」

「あ、いえ。芸術といっても、イラストは求められて絵画は求められていないという話なんですが」

「どっちも求められなくなるかもしれねーぜ。なにせ、今はAIが絵を描くんだから」


盲点から私の心にぐさりと刺さるものがあった。

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