第7話

 昼過ぎ、風助を肩に乗せながら辰也は街中を歩いていた。道行く人々の姿を風助が物珍しそうに見ていると、それを見ながら辰也はクスクスと笑った。



「こんなに人がいるのはやっぱり珍しい?」

「まあな……俺達は元々は山の方に住んでたから、あんまり人間と関わってこなかったんだよ。たまに山に入ってくる人間にイタズラをするくらいでな」

「うんうん」

「だから、親父やお袋が捕まるまでは人間の事を正直甘く見てた。もっとも、本当に危険だと感じきれなかったからこそ風太の誘いに乗って、アイツらにちょっかいをかけちまったんだけどな」

「そうなるね。それにしても、風助達のお父さんやお母さんを捕まえたのは誰なんだろう?」

「さあな……どっからか噂でも聞きつけてきた資産家が送り込んできた連中なのかもしれないな。にしても、こんなに話しかけてていいのか? その辺の奴らから変な目で見られるぞ?」



 風助が周りを見回す。しかし、誰も辰也や風助に目を向けてはおらず、風助は首を傾げた。



「あれ……何でだ?」

「世の中は色々な人がいるからね。僕も詳しいわけじゃないけど、こうやって動物に話しかけながら歩く人もたぶん珍しくないんだよ。風助は鎌鼬だけどね」

「ほーん……人間ってのはやっぱり変わってるんだな。それなら風太と風音もついてくればよかったのに」

「二人ともお留守番するって言ってたからね。でも、近い内にみんなでお出掛けする機会も作りたいな。風太はそんなに気乗りしないだろうけど」

「だが、一回懐いてしまえばすぐだぜ? アイツ、いつも俺のそばをついて回ろうとするし、何かある度に兄貴兄貴って言うしな。今は少し警戒してるようだが、お前が悪い奴じゃないってしっかりとわかれば、すぐにでもお前を兄貴として慕い始めるさ」

「ふふ、それを楽しみにしてるよ。さて、何を買っていこうかな」



 辰也が楽しそうな様子で言っていた時、風助は辺りを見回していたが、やがてその表情は固いものに変わった。



「……辰也」

「ん、どうしたの……って、あれは……」



 二人の視線の先には金次達がおり、人目も気にせずに騒いで回るその姿に道行く人々も迷惑そうな顔をしていた。



「塚目君達だ……」

「アイツら、他の奴の迷惑を気にせずに騒いでるな。まったく……いったい何を考えてるんだろうな」

「何も考えてないのかもしれないね。とりあえず関わらないようにだけはしようか。昨日の事で絡まれてもつまらないから」

「そうだな。面倒事はごめんだしな」

「うん」



 二人は歩いていく金次達とは別の方向に歩き出す。そしてスーパーなどを巡り、買い物を次々と済ませていくと、夕方ごろには辰也の手に食材や日用品が入れられたマイバッグが握られていた。



「これでよし。ある程度は買ったし、このくらいでいいかな」

「だいぶ買ったように見えるが、俺達もいたらすぐに無くなっちまうんじゃないか?」

「残しちゃうよりはいいから大丈夫。それに端材も使って作ったりするから思ったよりは多く出来るよ」

「工夫一つで色々出来るんだな……俺達はあまり手伝えないが、料理ってのは奥深いもんなのはわかったぜ」

「慣れるまでが大変だけど、色々出来ると楽しいよ。それに、やっぱり食べてくれる人がいると作りがいもあるからね。一人で食べてたって楽しくないし」

「まあ今日からは俺達もいるしな。特にも風太は食いしん坊だからより作りがいはあると思うぜ?」

「ふふ、楽しみにしてるよ」



 辰也と風助が笑い合いながら話していたその時だった。



「……ん」

「風助、どうしたの?」

「辰也、あっこにふらついてる人間がいないか?」

「ふらついてる……あ、ほんとだ。たしかにいるね」



 二人の視線の先では黒く長い髪を二つ結びにした少女が歩いていた。ブラウンのスプリングコートに青いジーンズ姿で丸縁のメガネをかけたその少女な足取りはおぼつかず、やがて荒く息を吐きながら近くの建物の壁に寄りかかった。



「具合が悪いのかな……ちょっと声をかけてみようか」

「あまり関わるもんでもないとは思うが……まあ悪人ではないだろうし、俺も賛成だ。このまま放っておくのもなんだか気持ちが悪いしな」

「そうだね」



 そして辰也と風助は少女に近づいた。



「あの……」

「はあ、はあ……え?」

「大丈夫ですか?」

「具合でも悪いのか? もしそうなら俺達が医者のところまで付き添うぜ?」

「い、イタチが喋ってる……!?」

「ああ、この子は鎌鼬っていう妖怪なんです」

「妖怪……現実に妖怪なんているのね」



 少女が驚く中、風助は腕を組みながら少女に話しかけた。



「んで、いったいどうしたって言うんだ? さっきからだいぶふらついてたし、もし本当に具合が悪いっていうなら無理せずに医者にかかった方がいい。医者嫌いだったとしても具合が悪いよりは……」

「そうじゃないの。ただ……」



 その時、グウゥという音が辰也達の耳に入ってきた。



「あれ、この音って……」

「もしかしなくても、だな」



 辰也達の言葉を聞いて、少女は恥ずかしそうに俯いた。



「お、お腹が空いてるだけなの……」

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