第4話

「いただきます」



 およそ三十分後、辰也は手を合わせた。テーブルには茶碗に盛られた白飯や味噌汁、カボチャの煮物や鯖の塩焼きなどが並べられており、辰也よりは少量であるが同じ料理を並べられた風太と風音は目を丸くした。



「こ、こんなにちゃんとした飯を食えるとは……」

「ここ最近は木の実を採ったり、ネズミなどを食べていましたからこういった料理が並ぶと感動すら覚えますね……」

「喜んでもらえてよかった。味を気に入ってもらえるかはわからないけど、とりあえず食べてみて」

「しょうがねえな。人間なんかに施されても嬉しくねえが、出されたもんを食いもせずに残すなんてのは礼儀がなってねえ振る舞いだからな」

「そうですね。では」

『いただきます』



 風太と風音は同じように手を合わせると、並べられた料理を食べ始めた。



「……う、うめえ! なんだこの味、これまで食ってきた物が霞むくらいに美味いじゃねえか!」

「本当に美味しいですね……昔から料理をなさっていたのですか?」

「まあね。ウチは共働きの上に両親は中々帰ってこない人達だから、自然とご飯を自分で作って食べるようになったんだ」

「ほー、なるほどな」

「さて、君達の事を色々教えて? さっき、鎌鼬三兄弟とか言ってたけど……」

「はい、その通りです。私達は鎌鼬という存在で、あなた方人間にとってわかりやすい言い方をすれば、妖怪の一種です」

「妖怪……妖怪は本当にいたんだね」

「はい。ですが、その数は年々減っていると聞きます」



 風音は表情を暗くする。



「人間達の文明が進んでいくと同時に妖怪達の存在も信じられなくなっていき、居場所を無くしていったと聞いています」

「少しは怖がってもいいもんだが、アイツらみたいに怖がるどころか平気で命を奪おうなんて奴も出てきてる。だから、力の無い奴らは逆に怖がって姿を消していくし、力の強い奴らは人間を見限ってそっちも消えていく。だから、お前みたいに妖怪を見たことがないって奴は珍しくないんだよ」

「なるほど……それで、君達はどんな妖怪なの?」

「私達は三匹一組で行動し、それぞれの役割を果たしています」

「風助兄貴が狙った奴をスッ転ばして俺が切りつける。んで、風音がさっきの薬を塗ってかすり傷程度に抑える。それが俺達の妖怪としての生き方だ」

「切りつける……あれ、もしかしてさっき僕の手に切り傷が出来てきたのも?」



 辰也の問いかけに風太は頷く。



「もちろん、俺の仕業だ。お前はチョロそうだったからな。風助兄貴にちっと風吹かしてもらった後にすぐにスパンとやってやったのさ。まあ転ばなかったのだけは驚いたが」

「転ぶ程ではなかったと思うけど……その後に薬を塗ってくれたのが風音さんなんだよね?」

「はい、その通りです。風助兄さんはしっかり者でとても優しいのですが、風太兄さんはどうにもイタズラ好きなので、私も困っているんです」

「お前だって細かいことを一々言ってくる奴じゃねえか。お行儀よくしろとか飛び方には気を付けろとかよ」

「風助兄さんと違って風太兄さんは少し危なっかしいんです。実際、あの人間達にちょっかいをかけようと言い始めたのも風太兄さんですし」

「う……」



 風太はテーブルの隅で眠る風助に目を向ける。



「……まあそうだな。俺があんな奴らに関わろうとしなければ兄貴がこんな目に遭う事もなかったんだ。兄貴は俺が殺しかけたも同然だ」

「風太君……」



 表情を暗くする風太に対して辰也は手を伸ばしてその頭を撫でた。



「お……?」

「反省してるだけいいと思うよ。まだ君達の事をしっかりとは知らないけど、たぶん風助君もそう言うと思う」

「兄貴が……」

「風助君は風太君達をしっかりと守ろうとしていたし、僕の事だって放っておけないと言っていた。君達のお兄さんは本当に素晴らしいと思うよ。そんな家族が僕にもいればよかったんだけどね……」

「そういえば、ご家族のお話の際に家族らしい家族なんていないと仰ってましたね」

「うん、両親は共働きで中々家にも帰ってこないんだ。まあ仕事以外の理由もあるんだけどね」

「仕事以外の理由?」

「他所にも大切な人がいる。そう言えば、わかりやすいかな?」



 風太はハッとし、風音は目を伏せる。



「二人はね、僕なんかよりも他所の家族の方が大切なんだよ。もちろん、お金は置いていってくれるし、何かあったら来てはくれる。でも、それだけ。公認で不倫をした結果、僕は放っておいて二人とも他所の家族にばかり愛情を注いでる。だから、家族なんてのは見せかけですっかり崩壊してる。お互いに僕を引き取る気がないからこうして家とかお金だけは残してそれでよしとしてるしね」

「お前……」

「暗い話はここまでにしよう。そんな事をしても何も楽しくないし、ご飯だって美味しくないからさ」

「あ、ああ……」

「わかりました……」



 そして三人は時折風助の様子を見ながら鎌鼬についての話を続け、夕食後に風太と風音をテーブルに残して辰也は一人で洗い物を始めた。



「……僕も彼らみたいに自由に飛び回ったり家族として楽しく過ごしたり出来たらな」



 そんな言葉が辰也の口からポツリとこぼれた。

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