第3話

 家に入り、廊下を歩いていると、風太は廊下を見回してからふんと鼻を鳴らした。



「辛気くせぇ家だな。まるでコイツみたいだぜ」

「風太、んな事言うんじゃねぇよ。人間の兄ちゃん、すまねぇな」

「ううん、大丈夫。そういえば、自己紹介がまだだったよね。僕は風祭辰也、よろしくね」

「辰也っていうのか。いい名前じゃないか」

「ありがとう」



 辰也はリビングに着くと、イタチ達をテーブルに乗せた。苦しそうに息をする風助を風太と風音が心配そうに見守る中、辰也は救急箱を持って戻ってきた。



「とりあえず手当てするね」

「いや、その必要はねえさ」

「え?」

「兄貴?」



 辰也と風太が同時に疑問の声を上げる中、風助は大きく息を吐いた。



「そろそろお迎えが来る」

「お、お迎えって……」

「そんな事言うなよ、兄貴!」

「そうですよ、風助兄さん!」

「もうだいぶ眠いんだよ、俺は……」



 風助の声が更に弱々しくなる中、風太と風音は風助に駆け寄った。



「兄貴……!」

「だから、んなでけぇ声を出すなっての……おい、辰也」

「な、なに?」

「すまねぇが、コイツらの事を頼む」

「た、頼むって……」



 辰也が不安そうに風太と風音を見る中、風助はニッと笑った。



「お前ならコイツらを託せる。だから、頼む」

「そ、そう言われても……」

「震えながらもあの人間達に立ち向かえたんだ、お前は強いぜ。辰也」

「兄貴……」

「兄さん……」



 辰也達が見守る中、風助は静かに目を閉じた。



「兄貴……なあ、兄貴ってば!」

「……大丈夫、まだ心臓は止まってないみたい。とりあえず手当てしないと」

「お前、手当てとか言って兄貴の事を痛めつけよって言うんじゃ……」

「しないよ。でも、こんなに傷が深いとなるとちょっと難しいな……」

「それなら私にも手伝わせてください」



 風音が進み出る。



「風音!?」

「君は風音っていうんだね」

「はい、鎌鼬三兄弟の末妹です。私がいつも持ち歩いている薬があれば、兄さんの傷もなんとかなると思うので」

「薬……わかった、それじゃあお願いするね」

「はい」

「ま、待て! 風音、こんなちんけで頼りなさそうな人間に兄貴を触らせるのは……!」



 風太が警戒心を剥き出しにしながら風音に話しかける中、風音は首を横に振った。



「今はそんな事を言ってる場合ではないですよ、風太兄さん。今は猫又の手でも借りたいくらいなんです」

「そうだけどよ……」

「もしも本当にこの人が風助兄さんを傷つけて、そのまま死なせるようなら風太兄さんの自慢の爪で殺してしまえばいいんですよ。それならいいでしょう?」

「まあ……それはそうだな」

「それはそうだなで済ませないでほしいけど……とりあえず手当てしてみよう。風音さん、一緒にお願いね」

「はい、わかりました」



 風太が見守る中、辰也は風音と共に風助の手当てを始めた。軽く濡らしたタオルで風助の傷口を清潔にすると、そこに風音が毛の中から取り出した薬を塗り込んだ。その瞬間、傷口はみるみる内に塞がっていき、辰也はその光景に目を丸くした。



「す、スゴい……」

「これが鎌鼬の妙薬ですから。さあ、手当てを続けますよ」

「うん」



 風音に促されて辰也は手当てを再開する。そしてある程度の手当てを終え、風助をハンドタオルで作ったベッドに寝かせると、辰也は安心した様子を見せた。



「これでいい……のかな?」

「はい。ありがとうございます、辰也さん」

「どういたしまして」



 風音に辰也が微笑みかけていると、風太は信じられないといった顔で辰也を見ていた。



「人間なのに俺達を傷つけてこない……?」

「傷つけたくないから。僕にはそういう事は出来ないよ」

「お前……」

「とりあえずこのまま寝かせてあげよう。本当はご飯を食べさせてあげたいんだけど……」



 辰也は時計に目を向ける。時計の針は七時頃を指しており、風太の腹からクゥという音がなった。



「あ……」

「ふふっ、可愛い音が鳴ったね。僕達はご飯にしようか。君達の事も色々知りたいし、一緒に食べてくれると嬉しいな」

「だ、誰が人間なんかと……」

「すみませんが、よろしくお願いします」

「風音!?」



 風太が驚く中、辰也は静かに頷いた。



「うん、任せて。君達が何を食べられるかがちょっとわからないけど……」

「それぞれの好き嫌いはありますが、だいたいはなんでも食べられますよ」

「おい、風音! 人間なんかにあんまペラペラ喋んなって!」

「実際お腹が空いていますから。それに、風助兄さんをこのまま放置してどこかにいけるんですか?」

「そ、それはそうだけどよ……」



 風太が悔しそうに言う中、辰也は少し哀しそうに笑った。



「まあ信用されないのは仕方ないから。とりあえず今日のところはウチで休んでいって。僕は何もしないし、もししたら殺してくれて構わないから」

「……わかった。仕方ねぇからとりあえずここにいてやる。感謝しろよな、人間」

「うん、ありがとうね。それじゃあ準備しちゃうから少し待っててね」



 風太と風音、そして風助をテーブルの上に残した後、辰也はキッチンに向けて歩いていった。三匹の姿を少し羨ましそうに見ながら。

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