第1幕

 傭兵の仕事は、戦場に出て、捨て駒同然の扱いを受けるかわりに、王様や貴族から大金をせしめることだ。しかし仕事をもらうためには、未来の雇い主に《黒鷲のルーヴェント》の名前と顔を覚えてもらわなきゃならない。だから、傭兵団に所属せず何の後ろ盾もない俺みたいな根無し草にとって、王様主催の剣技大会に参加することも自己プロデュースのうち。毎年同じ時期に開催される大会のほかにも、お祝いごとや政治的な人気取りのために突発的に開催される大会なんかがあれば、チャンスは逃さない。

 そういう都合で今日の俺は、エフタル王国の都の、闘技場に近い酒場に陣取り、情報収集がてら水っぽい安酒をチビチビやってるわけだが、酒場は、ある噂で持ちきりだった。今度の剣技大会に、どっかの国のお姫様がお忍びで参加するらしいのだ。


 お姫様は男の格好に変装しているらしい。なんで変装するかというと、家出したことになっているから。この“家出”を心配した父王が、護衛やら従者やらを大勢付き従わせたせいで、エフタルの旅の宿に突然すごい人数の、なにやら普通ではない様子の客が押し寄せることになり、そこからエフタルじゅうに噂が広まった。お姫様の家出の目的は婿捜しで、「自分よりも強い男と結婚する」とか言ってるそうだ。

 剣技大会で名を上げるには優勝するのが手っ取り早いと俺は思っていた。だが、お姫様が参加する大会で優勝は望めない。問題点は三つ。まず、傭兵の分際で王族に剣を向けたりしたら、俺は次の大会の前座として盗賊どもと一緒に絞首刑だ。そして、エフタルの国営闘技場で異国のお姫様がかすり傷でも負えば国際問題であり、王様同士でどんな話し合いが持たれ、どんなに穏便に決着しようとも、両国のケジメとして俺は絞首台送りだ。それから……万にひとつもありえないけど、お姫様に勝ってしまってプロポーズされるのも困る。行きずりの女と寝ることはあっても、身を固めるなんて俺のガラじゃない。あきらめているのではなくて、そもそも俺の人生に伴侶という概念が必要ない。世間じゃ吟遊詩人は恋愛や友情や絆のすばらしさを歌いたがり、別れの歌に涙を流さない聴衆はいないが、男と女がチュッチュしたからって、それが何だってんだ。みんな、そんなに孤独が怖いのか?


 剣技大会に参加しても優勝できないとなると、エフタルなんぞはオサラバして……とポジティブに考えたいところだったが、さっきの安酒で俺の懐はすっからかん。この街で仕事を探すしかないのが現実だった。学はなく、畑を耕す根気もなく、さりとて犯罪に手を染める度胸もなく、いちかばちかで始めた傭兵稼業。どうせ路銀が必要なら、得意の腕っぷしで剣技大会の賞金圏でも狙ってみるか。そのついでに、高慢ちきな王女様のツラを拝むのもいいだろう。

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