1階:体に巻きつく

 その気持ち悪い音を聞きながら、オレたちは周囲を見回した。

 だが――誰の姿も見えない。

 しかし、完全に、何かが近くで動いてる。

 それだけは、間違いない。


 そしてオレは、それに気がついた。

 花壇の向こう、校舎の中に――奇妙な何かが動いてる。


 それは、1年生の教室だった。


 可愛らしい下級生たちが、毎日を過ごす教室。

 その中が、何か黒いモノで埋めつくされている。

 それを目撃した瞬間、オレたちは大きく目を見開いた。


「あ、あれは……」


 一年生の教室を埋めつくしているのは、花壇と同じ、黒い植物だった。

 この灰色の世界にピッタリと合う、不気味で暗い色彩。

 灰ではなく、黒焦げになったような草のツルが見えた。

 それがまるでジャングルのように、教室内に生い茂っている。


 そこでオレは、ハッと気づく。

 いつのまにか周囲に充満している――この匂い。

 これは、あの匂いだ。

 あの時、みちるちゃんがいた花壇にただよっていた、甘い香り。


「いけない! 古住さん、道田さん、こちらを――」


 土器手さんがランドセルを地面に下ろし、中からマスクの束を取り出す。

 オレと道田に、一枚ずつ手渡してくれた。


 黒いマスク。

 さすが土器手さん。

 マスクまで、黒にこだわる。


 いや、今はそんなことを言ってる場合じゃない。

 オレたちは、土器手さんに言われるがまま、そのマスクを口にはめた。

 彼女自身も、黒マスクを顔にセットする。


「この甘い匂い、やはりどこかおかしいです。あの時も不思議に感じましたが、どうやらこの匂い、人間にある種の催眠効果を与えてるような気がします」


「催眠、効果?」


「はい。あちらをご覧ください」


 土器手さんが、さっきの一年生の教室を指さす。

 オレと道田は、これまで以上に目をこらし、中を見つめた。


「マ、マジかよ……」


 トウモロコシ畑のように、すき間なく教室内に並ぶ黒い植物。

 よく見ると、植物は何かに巻きついていた。

 巻きついているのは――小さな男の子や女の子、つまり1年生たちの体!


 教室に並んでいたのは植物じゃない!

 体に植物が巻きついた、1年生たちの姿だった!


 その子たちは、全員がなんだかうつろで、幽霊のような表情をしている。

 どの子もみんな、目の焦点が合っていない。


「おそらく宇宙生物の仕業ですね」


 土器手さんが、キッパリと言った。

 それを聞いて、道田が首をかしげる。


「い、いや、土器手。何だよ、その、宇宙生物って? なぁ、古住?」


 道田が、オレに聞いてくる。

 オレは、気まずい感じで、ヤツをシカトした。


 だがたぶん土器手さんは、これ以上何かを質問されるのがイヤだったのだろう。

 スーパー美少女の顔を、まっすぐに道田に向けた。


「道田さん。説明はのちほど、きちんとします。ですから今は、私に従ってください。これは宇宙生物の仕業なのです」


「い、いや、土器手……う、宇宙生物って、お前……」


「私と古住さんは、外宇宙からの宇宙生物と戦っているのです」


「え? オ、オレも?」


 声を裏返し、オレは土器手さんに聞く。

 だが彼女は、完全にオレをシカトし、道田に続けた。


「これは本当の話なのです。以降、すべてが終わるまで、質問は受け付けません。ご理解いただけましたか?」


 スーパー美少女がマジな顔をすると、誰もが何も言えなくなる。

 それはやはり、道田もそうだった。


「は、はい。わかりました。なんか、すいません……」


 珍しく道田が、敬語で返す。

 そんなヤツにうなづき、土器手さんがさらに続ける。


「古住さん。宇宙生物はきっとこの近くにいます。探しましょう」


「は、はぁ……」


 スーパー美少女のマジな顔には、トーゼン、オレも弱い。

 土器手さんの言葉に、オレは周囲をキョロキョロと見回した。

 そして――頭上を見上げた瞬間、オレはそれに気づく。


「ど、土器手さん。な、何ですかね、これ?」


 空から、小さな黒い物体が、ユラユラと落ちてくるのが見える。

 それはまるでタンポポの綿毛のように、風に乗ってそこら中に流されていった。


 その中の一つが、オレたちの前の地面に静かに着地していく。

 次の瞬間、そのシーンを目撃し、オレと道田は「え?」とめちゃくちゃ驚いた。


 地面に落ちてから、わずか数秒。

 いきなりそこに、不気味な黒い芽が顔を出している――。


 な、何だ、これ?

 マジか?


 フツー、植物の種が、こんなに早く芽を出す?

 しかもこれ、どう見ても、あの花壇や1年生の体に巻きついているやつと同じ植物なんだけど?


 な、なんという繁殖能力!

 一体、どんな宇宙生物なんだよ!


「マズいですね。このままでは、この学校全体がすぐにこの黒い植物で埋めつくされてしまいます」


「埋めつくされたら……どうなるんですかね?」


 オレが聞くと、土器手さんはさらに深刻な表情を浮かべる。


「1年生の教室を見たらわかるように、おそらくこの植物がこれ以上増殖すれば、多くの人々がこいつらに巻きつかれていくでしょうね」


「巻きつかれたら、どうなるんでしょう?」


「それは、わかりません」


「えぇぇぇぇ……」


「あ、来ました。敵です。古住さんも道田さんも、十分にお気をつけください」


 土器手さんが、静かにつぶやく。

 校舎の出入口を見ると、たくさんの生徒たちがゾロゾロと出てくるのが見えた。


 そいつらは全員、まるで新しい流行のように、黒い植物を体中に巻きつけている。

 いわゆる、タスキ掛けみたいな感じ。


 ゆっくり、ユラユラと、こちらに近づいてきた。

 全員がうつろな目つき。

 これじゃあ、まるでゾンビじゃないか……。


「な、何なんだ、あいつら……」


 あまりにも異様なその光景に、道田がボーゼンとつぶやく。

 土器手さんが身構えながら、オレたちに続けた。


「どうやら黒い植物に巻きつかれた者は、ヤツらに操られるようですね。早く宇宙生物を倒さないと、このままでは彼らは黒い植物と同化することになります」


 いきなり、聞き慣れないワード。

 オレは土器手さんに聞く。


「土器手さん。その、同化というのは?」


「体と一体化――つまり体を乗っ取られるということです」


「いや、ダメでしょう! それは、マジでダメでしょう!」


「お、おい! あ、あれ! あれは何だ?」


 いきなり、道田が校舎の屋上を指さす。

 全員で、そちらを見上げた。


 屋上のあたりに、この黒い綿毛が噴き上がっているスタート地点が見える。

 まるで噴水だ。

 そこから勢いよく飛び出した綿毛が、次から次へと、空を真っ黒に染めていた。


「道田さん、ありがとうございます。おそらく、あそこですね。宇宙生物は、校舎の屋上にいます。ヤツを倒しに行かなければ……」


「いや、でも、土器手さん。そのためには、オレと土器手さんと道田の三人で、ここをまず突破しなきゃいけないわけですが……」


 黒い植物を体に巻きつけた生徒たちは、すでにオレたちのすぐ近くまで来ていた。

 全員、目がうつろで、中にはニヤリと笑みを浮かべている者までいる。

 ハッキリ言って――キモい。

 こないだのクモ人間くらい、キモい。


「それでも――行くしかありませんね。なるべくこの人たちを傷つけないように、屋上に向かいましょう。三人でまとまって移動します」


「りょ、了解です」


 オレがこたえると、となりの道田も続く。


「わかった。オレと古住は、土器手についていくぜ」


 土器手さんがうなづき、オレたちは屋上に向かって、まず最初の一歩を踏み出した。


 だが――オレたち三人の足は、いきなりその第一歩で完全に停止してしまう。


 植物を体に巻きつけた集団の、先頭を歩く者を見たのだ。

 そして、完全に言葉を失った。


「な、なんで……」


 オレたちの目の前に、見慣れた女の子が立っている。

 その表情はうつろで、薄っすらと浮かんだ笑顔がマジでキモい。


 黒い植物を体に巻きつけた――和美だった。

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