校門の向こう側

 和美の両親は、警察に連絡するため、そのまま家に帰っていった。

 オレたちはどうしようかと考えたが、オレたちが和美の家に行っても、できることは何もない。

 それより……と、オレと土器手さんは、学校への道のりを急いだ。


「どうしたんだよ、お前ら? なんでそんなに急ぐ?」


 その声に振り向くと、なぜか道田までついてきていた。

 青い隕石のことを、こいつに説明しているヒマなどない。

 って言うか、そもそもこいつに、宇宙生物のことなんか説明できない。

 早足で歩きながら、オレは道田に言った。


「道田、悪ぃ。今、お前にそれを説明してるヒマはないんだ。それに、説明してもたぶんお前には理解できない。だから良かったら――とっととどっかに行ってくれ」


「なんでだよ! って言うか、ひでぇな、古住! 何だ、とっとと、って!」


「いや、お前、マジで、言っても信じないし、わかんないから」


「信じるも信じないも、そんなの聞いてみなきゃわかんないだろ!」


「だってお前、聞いてもバカにするから。『んなワケわかんない話、オレに信じろってか?』とか言ってさ。だから言いたくない」


「おいおいおいおいおい。何だ、古住? 塩すぎるだろ、その対応? オレはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」


「はぁ? オレだって、お前に育てられた覚えはねぇよ!」


 そんな言い合いをしているうちに、オレたちは学校に到着する。

 学校の敷地を取り囲む高い塀。

 その周辺に、まったく人の姿が見えない。


 オレたちは、違和感ありまくりなその風景の中で、ポツンと棒立ちしていた。


 何だ、この雰囲気……。

 完全に、何かおかしい。


 生徒たちが登校する時間なのに、みんなの姿がまったく見えない。

 それどころか、近所の大人たちの姿も、どこにも見当たらない。

 そもそも、人が存在する気配すらなかった。


「古住さん。これは、ちょっと、良くない状態なんじゃないでしょうか?」


 周囲を見回しながら、土器手さんが言う。

 それにはオレもうなづくしかない。


「もしかして、これ……アレ、ですかね?」


「はい。おそらく学校の周辺、あるいは内部で、裏の世界が展開されてる感じです」


「また……アレ系のアレに会うんでしょうか……」


「なぁ、アレ系のアレって何だ? お前ら、何ワケわかんない話してんの?」


 少しキレ気味な道田が、一人でスタスタと校門に歩いていく。

 土器手さんとオレは、そんなヤツをあわてて止めた。


「み、道田さん! ちょ、ちょっと待ってください! 今、校内に入っては――」


「道田! 止まれって! マジで!」


 オレは道田の肩に手をかける。

 だがヤツは、そんなオレの手を思いっきり振り払った。


「るせぇな、古住! お前、一体何なんだ? そういう風に、友だちを邪険に扱ってたら、大人になってから、えらく苦労するぞ!」


「いや、違うんだよ、道田! お前、今まさに、大人になる前に苦労しようとしてんだぞ?」


「ったく、意味わかんねぇ! 古住! お前、友だちを邪険に扱った罰として、運動場三周な! とっとと走ってこい! 今すぐに、だ!」


 フテくされた顔で言うと、道田がまっすぐに校門を抜けていく。

 そしてフッと――オレたちの前から姿を消した。

 まるで蒸発するみたいに。

 オレと土器手さんは、ゆっくりと顔を見合わす。


「これって、つまり……校門の向こうは、すでに裏の世界ってことですかね?」


 オレの言葉に、土器手さんがうなづく。


「みたいですね。もはやこれは、間違いありません」


「ど、どうしますか、土器手さん?」


「入るしかないでしょう。もう道田さんが入ってしまいましたし……」


「このまま、あいつを放置して家に帰るってテもありますけど?」


「そういうわけにはいかないでしょう?」


「ホント、あいつは、なんでまたこういった迷惑をかけるんですかね……」


「道田さんは、あの青い隕石のことをご存じないですから……」


「いや、それなら、こぉ、もっと謙虚さを持ってほしいものです」


「それじゃあ、古住さん。私、入りますけど?」


「そうですか。まぁ、めちゃくちゃ仕方ないですけど――オレも入ります」


 オレと土器手さんは、ゆっくりと校門を通り抜けていく。

 それは、服のまま、なんだか生ぬるい液体の中に入っていくような感覚だった。

 一秒程度の暗い空間を通り抜けると、オレたちは校門の向こうに到着する。

 学校の敷地内に入った。


 やはり――そこは灰色の世界だった。


 どう考えても、今までオレたちがいた場所とは、まったく別の空間。

 裏の世界。

 通り抜けた校門の向こうに、道田がボーゼンと立っているのが見える。

 灰色にかすむ校舎と運動場を見つめ、信じられない表情でこちらを振り返った。


「な、なぁ、二人とも。ここは一体何なんだ? 学校のように見えるけど、なんだか全部が灰色だぞ?」


「ここは裏の世界だよ。オレたちが住んでいる世界とは、まるっきり別の空間」


「まるっきり、別の……」


「とにかく、お前は自分から勝手にここに入ってきた。こっから先は、自己責任だ」


「ジコセキニンって――何だっけ? って言うか、お前、古住のくせにムズかしいこと言うなよ」


「とりあえず、今後はオレと土器手さんの言うことを聞け。そうしないと、お前、一生ここで暮らすことになるぞ」


「いや、ざけんなよ。どういうことだよ、マジで」


 そうボヤく道田を放置し、オレと土器手さんは、まっすぐに進む。

 例の花壇の前に来て、オレたちはボーゼンとそれを見つめた。


 おととい、みちるちゃんがいじってた花壇から――マリーゴールドが消えていた。

 かわりに、異様なモノが並んでいる。

 それはかなり大きな植物で、灰色の世界の中、黒く不気味にニョロニョロと曲がって伸びている。


 ひょっとしてこれが……あの時、みちるちゃんが植えたやつ?

 あの、図書室の謎の本にはさまっていた、黒い種が成長したモノ?


 って言うか、わずか二日程度で、植物がこんなに育つわけがない。

 その黒い植物は、すでにオレたちの背丈をヨユーで超えていた。


 おそらく誰かが……何かをたくらんでいる……。

 そしてそれは、おそらくこの地球上の者ではない。


 あの青い隕石から飛び散った、宇宙生物。


 その時、オレたちのすぐ近くから、不気味な音が聞こえてきた。


 ミシ、ミシ、ミシ、ミシ、ミシ――。


 それは、湿った木と木がこすれ合うような、なんともイヤな音だった。

 オレたちのすぐそばに、何かがいる。

 こちらに、接近してくる。

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