朝っぱらから、パン屋の前で

 結局、その日オレたちは、そのまま家に帰った。

 その時点ですでに夕方だったし、土器手さんも拾った土について、もう少し調べてみたいと言ったからだ。


 でもオレは、やはり気になっていた。

 いや、土のことじゃない。

 あの時、図書室で、あのなんだかよくわかんない革張りの本を発見した時の、土器手さんの言葉だ。


『とりあえず、もう少し様子を見てみましょう』


 あれは結局、どういう意味だったんだろう?


       ●


 翌朝――オレ、和美、土器手さんは、三人で登校することになっていた。

 みちるちゃんの行方不明事件があった直後だ。

 オレとしても、やっぱり和美が心配である。


 集合場所は、オレんちの近所にあるパン屋の前。

 約束の時間に遅れそうなので、オレは早足で歩いていく。

 パン屋に到着すると、土器手さんはすでにそこに立っていた。

 相変わらず、全身真っ黒な服に赤いランドセル。


「おはようございます、古住さん」


「お、おはようございます、土器手さん。お早いですね」


 相変わらず、出会って数日経っても、オレと土器手さんは敬語。

 でも、まぁ、なんか、慣れてきた。


「例の土、何かわかりましたか?」


「はい。あれから、私、色々と調べてみました」


 土器手さんが、深刻な表情でオレを見る。


「あの土は――やはり特殊な土です。何と言いますか……この地球上には存在しない物質が混じっているみたいで……」


「この地球上には存在しない物質……それって、もしかして……」


「はい。おそらく、あの青い隕石の破片が、あの花壇に落下した可能性が考えられます」


「マ、マジですか……」


「もちろん、それはあくまで可能性の話です」


 落ち着いた感じで、土器手さんが続ける。


「昨日持ち帰った土は、ほんのわずかでした。あとで、もっとたくさんの土を花壇で採取しましょう。そうすれば、もう少しくわしいことがわかるかもしれません」


「じゃあ、あの、それ、オレもお手伝いしますよ」


「え? 古住さんが、ご自分からやってみたいなんておっしゃるの、意外ですね」


「いや、オレは、その、本当は、もうあの青い隕石には関わりたくないんです」


 オレは、正直に言った。


「でも今回は、みちるちゃんが行方不明になってます。もし彼女の行方不明が、あの青い隕石に関係あるんだとしたら……やっぱりオレは、それをシカトできません」


「案外おやさしいんですね、古住さんって」


「いえ。まぁ、でも、心配じゃないですか、みちるちゃん」


「古住さんは、その……小さな女の子がお好きなんですか?」


「あの、なんで、そうなるんですか? そういった誤解を生むような発言は、絶対にしないでください」


「ほんの冗談です。失礼しました」


 土器手さんが、いたずらっ子のようにほほ笑む。

 へぇ……この人、こんな顔で笑うんだ……。


 何と言うか……土器手さんって、顔がめっちゃ整っているから、今まではちょっと冷たい感じがした。

 でも今のほほ笑みは、フツーの、そこらへんにいる女子とまったく変わらない。

 いや、もちろん、彼女の美少女度はぶっちぎりで神レベルなんだけど。


 土器手さん、ひょっとして、オレのこと、友だちだと思ってくれてるのかなぁ?

 だとしたら、それ、めちゃくちゃうれしいことだよなぁ。


「よぉ、古住。どうだ、お前? そろそろ自首する気になったか?」


 ふいに後ろから、誰かがそう声をかけてくる。

 振り向くと、そこには道田が立っていた。


「何なんだ、お前? その、自首ってのは? オレはみちるちゃんを誘拐してないっつったろ?」


「いや、すまない。どうしてもオレは、すべてをお前の顔面で判断してしまう……」


 『てへ♪』という笑顔を浮かべ、道田が自分の頭をコツンと叩く。

 そんなこいつに、もちろんオレはイラッ☆ときた。


「顔面で判断するんなら、お前なんかトラック3台分ぐらい誘拐してるだろ?」


「いや、古住、お前な。そういうことを言うなよ、土器手のようなレディーの前で」


「何が『レディー』だよ。お前、家じゃあ、親を『おっとう』『おっかあ』呼びだろ?」


「ざっけんなよ、てめぇ!」


 オレと道田が「ムキキキ」とにらみ合う。

 その時、通りの向こうから、見慣れた顔がこちらに走ってくるのが見えた。


 んんん?

 あれって……ひょっとして、和美のお母さん?

 って言うか、お父さんもいっしょ?


「あ、碧くん! いた!」


 和美のお母さんが、息を切らしながら、全力でやってくる。

 二人して、オレの前でゼイゼイと息をはき出した。

 何が何やらわからず、オレは和美の両親に首をかしげる。


「お、おはようございます。ど、どうしたんですか、お二人とも?」


 オレが聞くと、お父さんの方が、めちゃくちゃあせった顔をオレに向ける。


「あ、碧くん! か、和美を見なかったかい?」


「か、和美? ですか? え? いえ、オレも今、ここで彼女を待ってるんですけど?」


 オレの言葉を聞いて、二人が絶望の顔を見合わせる。

 オレは続けた。


「あのぉ、昨日、ウチの学校の生徒が行方不明になった事件があったんですよ。だからしばらくみんなで登校しようって、今日ここで待ち合わせしてるんですけど?」


「碧くんも……知らない……」


 和美のお父さんが、その場でガックリとヒザをつく。

 な、何?

 この激激激激激落ち込みっぷり――。


 オレと土器手さん、それから道田の間にも、なんだかイヤな空気がただよう。

 勇気を振りしぼって、オレは和美のお父さんに聞いた。


「あの、オジサン。もしかして……和美は……」


「ゆうべはいっしょに夜ゴハンを食べたんだ。あの子がベッドで眠るのも、ママが確認してる。でも……朝起きたら、あの子の姿がどこにも……見えない……」


「マ、マジですか……」


「碧くんなら、何か知ってると思ったんだが……」


 その言葉を聞いて、オレたち三人は顔を見合わせる。

 土器手さんが、心配そうな顔でオレに小さく言った。


「古住さん。まさか……和美さんまで……」


「いえ。それはまだわかりません。でも可能性的には、ケッコー高そうですね……」


 その場にいる全員の間に、シーンとした空気が流れていく。

 間違いなく、何かが――起きていた。


 そしてそれは、おそらくあの青い隕石の破片が原因のような気がする。

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