通学路の名探偵

 みちるちゃんが、昨日の放課後、行方不明になった……。

 もしかしたら、誘拐……。

 だとすれば……彼女が誘拐されたのは、オレたちと花壇で出会った直後ということになる。


 朝の緊急全校集会が、体育館で開かれる。

 校長先生が、オレたちに今後の注意をうながした。


 登下校は、何人かのグループで行うこと。

 知らない人には、決してついていかないこと。

 危険を感じたら、すぐに警報ブザーを鳴らすこと。


 でもオレには、そんな大事なことがまったく頭に入ってこなかった。

 土器手さんを見ると、彼女も似たような感じ。

 おそらく、和美だってそうだろう。


 なにしろみちるちゃんは、昨日オレたちと話した直後、行方不明になったのだから。


 もちろんオレたちは、昨日の放課後、みちるちゃんに会ったことを先生たちに伝えた。

 先生たちは、色々と細かいことまで質問してきた。


 だが、オレたちがみちるちゃんに会っていたのは、おそらく約十分程度。

 オレと土器手さんは、途中で図書室に行ったので、いったん彼女から離れている。

 実際ずっと彼女といっしょにいたのは、和美だけだ。


 和美の話だと、みちるちゃんとは、花の話しかしなかったらしい。

 つまり、みちるちゃんは、いつもの小学生ライフをフツーに送っていただけだった。


       ●

 

 その日の帰り道――。

 オレと土器手さん、それから和美は、三人で下校していた。

 雰囲気は、なんだかめちゃくちゃ重苦しい。

 全員が、下を向いている。


「しかし……なんで、みちるちゃんが……」


 オレが言うと、和美が悲しそうにポツリとつぶやく。


「変態だよ……みちるちゃんは、変態にさらわれたんだ……」


「私たちに、何かできることはないでしょうか?」


 土器手さんはそう言ったが、オレも和美も、何ひとつ言葉を返せなかった。

 オレたちは、まだ子ども。

 何かをしようにも、限界がある。


 オレたちって、こんな大変な時に、何もできないんだなぁ……。


 そうため息をついた瞬間――ふと前を見ると、やけにムズかしい顔をした一人の男の姿が見えた。

 手に持った紙切れを見つめながら、怪しいムーヴで、そこらへんをウロウロとしている。


 あれって……道田?

 お調子者で、顔が広く、男子には人望じんぼうがあるが、女子にはまったくモテない、あのクラスメイト。


「道田か……あいつ、一体何してんだろ?」


 オレたちは、道田の方に近づいていく。

 すると道田が、オレたちに気がつき、ハッと目を見開いた。

 何か、見られてはいけないものを見られたような、そんな表情だった。


「何やってんだよ、道田?」


「こ、古住……い、いや、な、なんでもないよ」


 道田は、ウソがつけない男だ。

 なんでもかんでも、思いっきり顔に出る。

 正直なヤツ。

 土器手さんが、そんな道田に一歩近づいていく。


「道田さん。何か、探し物ですか? もしよろしかったら、私もお手伝いしますけど?」


 初めて土器手さんに話しかけられたのか、道田はなんかめちゃくちゃ直立不動だった。

 こいつ、ホント、なんでもかんでも顔に出る。

 オレの推理では――たぶん、たった今、こいつは土器手さんのことが好きになった。


「あ、あぁ……まぁ、いや、実は……」


 道田が顔を赤くして、土器手さんに、持っていた紙切れを差し出す。

 それを受け取り、土器手さんがジッと見つめた。

 オレと和美も、彼女の両サイドからそれを覗き込む。


 クッソ汚い絵と、クッソ汚い字。


 何だ、これ?

 地図?

 それとも、たんなるラクガキ?


「何だ、道田? お前、宝でも探してんの? これ、物置で見つけた、宝の地図?」


 オレが聞くと、道田は「は?」と顔をゆがめた。


「何だ、古住? お前、バカにしてんのか? これは、このあたりの地図だ。しかも宝って……今どきこんな田舎町の、一体どこに宝が埋まってるっつーんだよ?」


「なんで怒るんだよ? 怒る前に、お前、このヘニョヘニョした字をなんとかしろ。小5にもなって、こんな汚い字、一体どうなんだよ?」


「あぁ? 何だ、お前?」


 オレと道田が「ムキキキ」とにらみ合う。

 すると、オレたちの間に、和美が入ってきた。


「ほらほら。二人ともケンカしないで。碧くんも、ヘニョヘニョした字とか言わないの。碧くんの字だって、いつもクニョクニョしてるでしょ?」


「いや、でも、和美。ヘニョヘニョよりは、クニョクニョの方が少しはマシだろ?」


「うん。だからね、碧くん。そんなの、どうだっていいんだよ?」


 まるで幼稚園児に言い聞かせるように、和美がオレに言う。

 一人、冷静な土器手さんが、道田に続けた。


「道田さん。こちらは、その――もしかして、通学路の地図ですか?」


「お、おう。さすが土器手。そう。これは、とある人物の通学路の地図だ」


「とある人物の通学路……その方は、もしかして……」


「あぁ。篠田しのだみちるちゃん。昨日、行方不明になった子だ」


 道田の言葉を聞いて、オレと土器手さん、和美は顔を見合わせた。


「え? 道田、これ、みちるちゃんの通学路の地図なの? マジで?」


「みちる――ちゃん――だと?」


 オレの言葉に、道田が思いっきりイヤな視線を向けてくる。


「何だ、古住? みちる『ちゃん』って? 彼女とは学年もまったく違うお前が、なぜそんなになれなれしい? まさか、お前が、彼女を……」


「すごいな、お前! すごすぎるな! なんでクラスメイトをそんな風に秒で疑える?」


「ち、違うのか?」


「違うに決まってるだろ! 彼女とは、昨日学校の花壇で知り合ったんだ! その時は、和美も土器手さんもいっしょにいた!」


「そ、そうなのか……いや、すまん。人を顔で判断した、オレのミステイクだ」


「か、顔って……お前、一体、どんだけ失礼なんだよ?」


「篠田みちるちゃんの友だちに聞いたんだ。で、この地図を作った」


 怒るオレを完全にシカトし、ものすごく頭が良さそうな顔で、道田が土器手さんに言う。


「これを、どうするおつもりなのですか?」


 土器手さんが、道田に聞いた。

 ヤツは腕を組み、今まで見たことがないようなシリアスな顔で彼女に返す。


「通学路をたどれば、何か手がかりがあるんじゃないかと思ったんだ。オレ、この行方不明事件は、何かとてつもない秘密が隠されてるような気がして……」


 道田は――相変わらずワケがわからない。

 だがオレはそこで、それを思い出した。


 そういえばこいつ……たしか名探偵系の推理小説や漫画の大ファンだ。

 ひょっとして、今、こいつ、そういうのの主人公になりきってる?

 ったく、名探偵きどりかよ……。


「犯人は、犯行現場に必ずヒントを残す。オレは今、それを見つけようと、独自に調査を続けてたんだ」


 なぜだろう?

 道田、お前、今……なんかウザい。


 しかし意外と……そういうのって、アリなのか?

 たしかに、みちるちゃんの昨日の行動をたどれば、彼女がどこで行方不明になったのか、ある程度の場所が特定できるかもしれない。


「なるほど。素晴らしいアイデアですね、道田さん」


 そううなづき、土器手さんが道田に地図を返す。

 道田はそれを受け取り、スケベなオジサンのような顔で彼女に続けた。


「じゃあ――どうだろう、土器手? 今からオレといっしょに、篠田みちるちゃんが行方不明になった場所を探してみるか?」


「あぁ、いえ。みちるさんが行方不明になった場所は、もうすでにわかっています」


「は?」


 土器手さんの言葉に、オレたち全員があんぐりと口を開ける。

 その場にしゃがみこみ、土器手さんが地面に手を伸ばした。


 アスファルトの上にわずかにこぼれた、土を拾い上げる。

 それを、手の中でこすった。


「みちるさんが行方不明になったのは――たぶん、ここです」


 オレたちは、土器手さんの手の中にある、わずかな土を見つめる。

 え?

 それって、土器手さん……。


 ひょっとして――あの、マリーゴールドが植えてあった、花壇の土?

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