種って、植えるものでしょう?
「わぁ! めっちゃキレイ! いい匂い! これ、マリーゴールドだよね?」
そう言って、和美がその子に近づいていく。
その子は、うれしそうに、となりにやってきた和美を見上げた。
「おねぇちゃん、くわしいね。そう。これはマリーゴールド。キレイなオレンジ色でしょう?」
「うん! ねぇ。あなた、何年生?」
「2年生」
「名前は?」
「
「みちるちゃんかぁ! 可愛いらしい名前♪」
子どもは良い。
秒で、仲良くなれる。
和美と話しながらも、みちるちゃんの手はいそがしく動いていた。
花壇に生えた雑草を、丁寧に抜き取っている。
そこに並んだ二人のとなりに、今度は土器手さんがしゃがむ。
花壇の土を少し取り、手の中でこすった。
「とても素晴らしい土ですね。手入れが行き届いています」
土器手さんの言葉に、みちるちゃんがまぶしい笑顔を向ける。
って言うか、土器手さん、小2にも敬語。
「ありがとう、おねぇちゃん。私ね、お花が過ごしやすいように、毎日手入れをしてるんだ。花壇の係なの!」
「そうなんですね。お疲れさまです。ところで、そちらは――何を植えるのですか?」
みちるちゃんのすぐそばに置かれた、小さなビニール袋。
その中に、いくつかの黒い種が入っているのが見えた。
「うん。これね、あんまりよくわかんない種なの。でも植えるの」
「あんまりよくわかんない種?」
笑顔のまま、みちるちゃんがスコップで花壇の隅に小さな穴を掘る。
そこに、ビニール袋から取り出した黒い種をひと粒落とした。
上から、土をかける。
「あのね、昨日、発見したんだ。だから植えてみようと思って。ほら、種って、植えるものでしょう?」
「発見した……それは、どこでですか?」
「えっとね、図書室」
あまりにも意外な言葉に、土器手さんがオレを振り向く。
え?
何です?
いや、すいません。
そんな風に、オレの顔を見られましても……。
土器手さんが、みちるちゃんに続ける。
「それは、その……図書室のどこにあったのですか?」
「昨日ね、図書室で、植物の本を見てたの。そしたらね、本の間に、この小っちゃいビニール袋がはさまってて――」
「このビニール袋が? はさまってた?」
「うん。だからこれ、植えてみようと思った」
「ちょっと、質問よろしいですか?」
「うん。いいよ」
「それは一体――どのような本なのでしょう?」
「うーん……なんだかよくわからない本だったよ。古くて、カビ臭くって、外国の字ばっか。模様とかもいっぱい描いてあったし、不思議な本」
「タイトルは?」
「タイトル?」
「題名です」
「わかんない。外国の字、読めないもん。とにかく、すっごい古い本だった」
「そうですか……」
土器手さんが立ち上がり、オレのそばに戻ってくる。
オレは、彼女からスッと目をそらした。
だけど土器手さんは、ムリヤリ、オレの視界に入ってくる。
「古住さん」
「あぁ、いや、オレは今から、ちょっと用事があります。色々と、その、あ、そうだ、親に頼まれたお使いがありまして――」
「私、まだ何も言ってませんけど?」
「いや、だいたいわかるじゃないですか……」
「付き合ってください」
「え? いや、それは、ちょっと。オレたち、まだ小学生じゃないですか。そういうのは、まだ早いんじゃ……」
「いえ。そういった話ではありません。今から、図書室にです」
「あの、土器手さん――いいですかね? 昨日のことをよく思い出してください。また、もし、あんなクモ人間みたいなのが出てきたら、一体どうするつもりですか?」
「大丈夫です。その時が来たら、私が戦います」
「いや、戦うって……またあの灰色の世界に連れて行かれたら、どうするんですか? キモすぎでしょ、あんな世界」
「古住さんが帰るのでしたら、私、和美さんに付き合っていただきますけど?」
「だから……なんでそういうこと言うんですか?」
「いいんですか、古住さん? 和美さんに付き合っていただいて?」
「わ、わかりましたよ。オレが付き合います。ったく、なんでオレが……」
和美とみちるちゃんを残し、オレと土器手さんは、花壇から離れていく。
歩きながら振り返ると、二人はとても楽しそうに、会話を続けていた。
良いな、子どもは……。
なんだかハッピーそうでさ……。
しかし……。
オレは、周囲にただよう、例の良い匂いを吸い込む。
何だろ、この匂い?
土器手さんも良い匂いがするけど、この匂いは種類が違う。
これが、マリーゴールドの匂いなんだろうか?
なんだかこのまま、グッスリ眠っちゃいそうだよ……。
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