闇の空から降ってくる

花壇

「私、早く調査に行った方がいいと思うんだよね……」


 その日の放課後――オレたちの後ろで、和美が言った。

 校舎を出たオレたちは、校門までの道のりを歩いている。

 なぜだかわからないけど、和美はオレ&土器手さんといっしょに下校中。


 まぁ、そんなこと言ったら、なんでオレと土器手さんがいっしょに下校してるのか、それもよくわかんないんだけど……。


「みくさんは、いつが良いと思う?」


「調査というのは、その、隕石が落ちた裏山ですか?」


「うん」


「そうですねぇ……」


 土器手さんは、和美に対しても敬語だ。

 和美は、まぁ、いつも通り。

 オレと話す時と同じ。

 タメ語である。


 しかし……うーん……。

 やっぱり和美にも、そろそろ敬語ってやつを教えるべきなんだろうか?

 

「その青い隕石が落下したのは、たしか先週でしたよね?」


「うん。そう」


「だとすれば、できるだけ早く行った方がいいかもしれませんね」


「やっぱ、みくさんもそう思うよね?」


「はい。実際、隕石はそんなに簡単に見つからないと聞きます。この星にとって、イレギュラーなお客様ですから。地元のマスコミはどうです? 大騒ぎしてますか?」


「ううん。ぜんぜん」


「通常であれば、地元の流れ星・天文学同好会などが、すでに探しに行っているはずです。しかしそんな様子もない、マスコミも報じないとなれば――」


 土器手さんが考える。

 だけど和美は、ヘラヘラと返した。


「もしかしてイマイチな隕石だったのかなぁ? 地味すぎ、とか?」


「いえ。あるいは重要すぎて――なにかしらの情報統制がされているのかもしれません」


「ジョーホー・トーセー? 何? 外国の人?」


「あの、土器手さん。ちょっと、いいですかね?」


 土器手さんと和美の会話に、オレはムリヤリ割り込んでいく。

 彼女に近づき、声をひそめた。


「あの、昨日の話なんですけど――」


「はい。何でしょう?」


「土器手さんは、その、つまり、あのクモ人間みたいな宇宙生物を退治するお仕事をされているわけですよね?」


「いえ。仕事ではありません」


「仕事では、ない?」


「はい。あれは私の使命です」


「いや、それ、仕事以上に激重げきおもじゃないですか……」


「それが、何か?」


「いや、もしも、ですよ? 裏山に調査に行って、昨日みたいな宇宙生物が出てきた場合……和美を連れていくのは、ちょっとダメなんじゃないかと思うんです」


「あぁ。つまり、危険だということですか?」


「そうです。なにしろご覧のとおり、和美はまだ子どもです。ですから、いざ逃げるようなことになっても、逃げ足が遅すぎて――」


「もしかして――古住さんがお一人で、調査に行かれるおつもりですか?」


「なんでそうなりますかね? ここはひとつ、土器手さん、どうぞ」


「私? 私が一人で行くのですか?」


「だって土器手さんには、ほら、わざがあるじゃないですか、技が」


「技? 技って、何です?」


「あの、ほら、背中から、タコ足、クネクネしたやつ、あれが出るじゃないですか」


「古住さんは……あんな危険な目に遭うのがわかってて、私みたいな女の子を一人で行かせるおつもりなのですか?」


「いや、オレは昨日何もしてないですし、たぶん土器手さんについて行っても何の役にも立たないですよ。足手まといになるだけです」


「昨日、言いましたよね? 宇宙生物は、夜活動する、と」


「はい。聞きました」


「だったら…… 古住さん、ついてきてください」


「なんでオレですか? オレはホント、宇宙生物に関しちゃ、マジで素人なんですよ? って言うか、ド素人です。土器手さんが、あれで、クネクネで、どうぞ」


「お願いです、古住さん。ついてきてください」


「ついてきてくださいって、そんな……」


「わかりました。そこまでおっしゃるのなら、私の秘密を打ち明けましょう」


「秘密? 土器手さんの? 何ですか、突然?」


「私……夜、一人で出歩くのが苦手なんです。何と言いますか、怖くって……」


「なんじゃ、そりゃあ?」


 なんだかよくわからない土器手さんの告白に、オレは思わず声を裏返す。

 そこで、ふと――自分たちの周囲に漂う、奇妙な匂いに気がついた。


 それは、とても良い匂いだった。

 今までいだことがない、何とも甘い匂い。

 それが、オレの鼻の先をビミョーにくすぐっていく。


 土器手さんと和美を見る。

 どうやら彼女たちも、その匂いに気がついているようだった。


「この匂い……」


 土器手さんが、ウットリとつぶやく。

 和美がオレたちの間に入り、まっすぐに前方を指さした。


「この匂い。たぶん、あれだよ。あそこ。花壇」


 和美が指差した方向には、ずらりと並んだオレンジ色の花が見えた。

 校舎に沿って作られた、生徒用の花壇。


 マリーゴールドだ。

 その花たちの前に、誰か、小さな背中が座っている。


 園芸用の手袋をした女の子。

 オレたちに気づいた彼女が、ゆっくりとこちらを振り向く。

 それと同時に、とてもフレンドリーな笑顔を浮かべた。


 この子、何年生だろう?

 2年生?

 3年生?

 とにかく、小っちゃい。


 和美よりも、下の学年。

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